「ホモ・ルーデンス」とは「遊ぶヒト(種)」ということだが、著者は「人間と動物の違いは遊ぶか遊ばないかである」と言いたいわけではない。人間のさまざまな活動の中に遊びの精神がいかに深く根付いてその関わりが切っても切れない深さであるゆえに、読了時には「ホモ・ルーデンス」というタイトルの理由が納得されるのだ。
本書はまず「遊び」の定義からはじまり、人間のさまざまな文化装置の中の「遊び」の側面に焦点を当てる。そして歴史上の各時代において「遊び」が占める割合を個別に検討してゆき、さいごに現代社会を遊びの観点から捉え直すという力作だ。スポーツ、芸術、学問の中の遊びの要素はいうまでもないと思うが、最も意表を突かれたのは「裁判」「戦争」そして「国際法」における遊び概念の重要さだ。裁判における法服やカツラの着用が「遊び」概念と関係がある、との指摘は大変興味深い。古代の戦争においては遊びの要素があったことは、例えば塩野七生や宮城谷昌光の読者にとってはおなじみであろう。問題は「国際法」である。ルールに従って一定の手順を進めるということは、共に「遊ぶ」条件であり、逆に、相手を野蛮人と認定した場合は国際法は蹂躙され、虐殺その他が行われるのだ。遊びは過度の残虐さを防ぐ重要な役割をしていると同様、現代の非道な戦争は相手を共に「遊べる」人間と認定していないがゆえに過度の攻撃性を発揮しているのだ、という指摘には眼を開かされた。戦争を、そして人間を見る目が変わる一冊。