1945年6月、出撃の前夜、特攻隊員の宮川軍曹は「小母ちゃん、死んだらまた小母ちゃんのところへ、ホタルになって帰ってくる」と鳥浜トメに言い残して鹿児島県知覧基地から出撃していった。ところがその夜、トメの家に、本当に一匹のホタルが入ってきたのである。この本の題名はこのエピソードからとられた。
軍の指定食堂を経営する鳥浜トメは長女の美阿子と次女の礼子とともに、出撃する特攻隊員を暖かく迎え、送りだした。隊員たちもトメを実の母親のように慕った。この本は、息づまるような状況のなか、日本人がどのように行動したかの貴重な証言である。
登録情報
|
軍神として散華しなくてはならなかった青少年達の、一番リラックスした状態に長く触れたトメと、その娘である著者礼子にしかみることの出来なかった数々のエピソードは特攻隊員の実像を伝える、一番正しい資料なのではないだろうか。いやしかし、資料と言うにはあまりにも切なく、悲しい。
輝くような純粋な瞳の、冒頭の写真にもある特攻した少年達の!実像と、その後の無惨な結末。
自分たちが死ぬことによって残された日本が救われる・・・と信じて、彼らの多くは潔く命を散らしていったのだった。
著者、またはその母の立場ならではの各隊員達との親密な心の交流は、読者をして当時の状況に肉迫せしめ、まるで目の前に本物の特攻隊員がいて、一人一人別れを告げていく幻影を見るような気さえしてくる。
木訥だが真の人類愛の体現者とも言える鳥浜トメの生涯を軸にして、当時の特攻隊員達が特攻間際どのような日常を送り、どのような別れをしたのか。おそらくは、この本にしか見ることのできない特攻の真実があるのではないだろうか。
ともすれば情に訴える形式を軽視しがちな「戦争」についての現在の認識を、原点に立ち返らせてくれる一冊である。
特攻兵という悲しい記録になって逝ってしまった少年達(青年もいますが)の真実が書いてあります。
全員が全員日本人ではなかった事。
何度挑戦しても敵艦に突撃する事は出来ず没したもの。
自分自身に暗示をかけるかのように何度も「お国のために」と。
ほとんどの少年達が空へ向かう前に小母ちゃんの店へ来て実家の家族へ向けた「最初で最後の本音の手紙」(少年兵達の手紙は上官に検査をされてからしか送ってもらえなかったため本音はほとんど書けなかったようです)を渡していた事。その手紙を上官達に見つからないように早朝に隠れてポストに入れた事。
戦後には多くの中傷や非難を受けながらアメリカ兵の世話もしたこと。
毎日毎日逝ってしまった少年兵達のお参り。
少年兵の家族への手紙。
亡くなるまで小母ちゃんは少年達の母だったんだなぁと思いました。
だからこそホタルは帰ってきた。
|
この商品のクチコミ一覧
クチコミを検索
|
関連するクチコミ一覧
|
|
|