司馬32歳から37歳ごろの最初期の短編小説を編んだものである。
幻術は司馬作品に繰り返し表れるモチーフのひとつで特に初期の作品に多い。本書も8作中6作は幻術や呪術をテーマにしたものだ。幻術に惑乱される主人公たちの精神内面の描写のためか、この頃の作品には純文学に近い香りがある。
筆者は「兜率天の巡礼」が気に入っている。古代ユダヤ人の日本渡来説を下敷きにしたもので、新聞記者時代の司馬が実際に遺跡を踏査して記事にした。その小説版である。ちなみに司馬の長編第3作となる「風の武士」にも同じプロットが使われた。
以下、発表年順に収録作品を紹介する。
【ペルシャの幻術師】昭和30年
13世紀、蒙古軍のペルシャ遠征を背景に、ペルシャ人の幻術師と蒙古軍の若き王の戦いを描く。色彩や光、匂いの描写が実に官能的。
【戈壁の匈奴】昭和32年
ジンギスカン最晩年にしてやっと西夏を征服する。その動機はひたすら「西夏の美女を抱きたい」というものであった。男の夢、執念のすさまじさを描いて印象的。
【兜率天の巡礼】昭和32年
亡くなった妻は紀元前に日本に渡来したユダヤの末裔であった。何世紀もかけてギリシャ、中国をへて日本に渡った一族の歴史を追いつつ妻の面影を重ねていく。
【下請忍者】昭和34年
もがいても抜け出せない貧しく虐げられた下忍の人生。
【外法仏】昭和35年
呪術とあやかしの世界に迷い込んでしまった高僧の破滅。
【牛黄加持】昭和35年
帝の后となった憧れの女性に安産の密教秘法を施す青年僧。息が止まるほど官能的。
【飛び加藤】昭和36年
伝説の「超」忍者、加藤段蔵の伝。あまりにも凄まじい術ゆえに上杉謙信に疎まれ、武田信玄に暗殺される。
【果心居士の幻術】昭和36年
こちらも伝説の「超」忍者、果心居士の伝。漂着したインド人の子で、幻術で秀吉の秘事を暴いたため殺されたという。