イエス殉教後、12使徒たちを中心とする教団がどのように活動して、キリスト教を布教していったのかを、ペトロとパウロに光を当てて説明しようと試みている。現存資料を最大限に用いても、この程度しか判らないという限界の極限をも示している。
大意は
1)イエス存命中使徒たちはイエスの教えが理解できないようだった。しかしイエスの復活を目の当たりに見て改心する。
2)イエスの死後イスラエル教会が設立され、ペトロが最初に統括したが一時逮捕され、イエスの弟の擬人ヤコブと従兄弟に指導権が移っていった。
3)その後、ペトロはパレスチナ北部の布教に努めた。
4)非ユダヤ人の信者が増えるに連れ、ユダヤ教の律法の上に成ると主張するユダヤ人教徒(ヘブライオイ)とユダヤ教には拘束されないとする非ユダヤ人教徒(ヘレーニスタイ)との対立が起こるがペトロは妥協的な立場に立つ。ユダヤ教の縛りとは、食事の作法、割礼など。
5)ヘレーニスタイの指導者パウロは曖昧なペトロを批判、その後二人は別々に小アジアを布教していたようである。12使徒筆頭者としてのペトロのカリスマ性は消えることはなかった。
6)その後二人はローマに来ており、パウロは59年のネロの虐殺で、ペトロは64年の弾圧の際にそれぞれ処刑されたらしい。
欲を言えば、キリストに最も近く仕えたとする女性信者たちの「その後」に全く触れていないのが残念である。