最近ベートーヴェンのピアノソナタ録音の世界にあって、いろいろと注目したいものが出てきている。アンドラーシュ・シフがECMで継続している一連の録音もそうだし、あるいはポール・ルイス、コヴァセビッチ、アンデルジェフスキ、ルガンスキー、内田などなど注目盤の枚挙にいとまがない。本盤もまぎれもなくその中の1枚に該当する。
ファジル・サイによる17番,21番,23番である。中期の傑作ばかりを並べたラインナップであるが、サイの個性を作用させやすい楽曲がたくみに選ばれた感じがする。サイの演奏はなかなかスリリングだ。基本的にはノン・レガートに近く、こまやかなスタッカートを多様し、各音の持続時間がきわめて短く聴こえる。スラーというよりも、ほとんどの音節は強弱とアクセントによって区別させる。そのため必然的に(特に急速楽章では)テンポが速まる。しかし、速いテンポでありながらも、細やかな音が浮かびあがってモザイクのように表面に形成させる模様は、あくまでベートーヴェンである。
熱情ソナタの終楽章では、その細やかなパッセージとアクセントの交雑が見事な像を描いて、衝撃的である。しかし、その1楽章の導入部の和音などはズシリとした響きで切り込んでおり、全体的な音楽の軽さの中で、それは異様な存在感をしめし、力強い。それは演奏から直に伝わる生命力となっている。
テンペストソナタの終楽章など、ちょっとした「打ち込み系」のテクノ音楽のようにも聴こえるが、その細やかな変化に通う血はまぎれもなく芸術家のインスピレーションを多層に含んでおり、これは見事なサイのベートーヴェンである、と気づかされる。