この演奏に対して我々日本人が誤解しているのは…あたかもバイロイト再開がヨーロッパの平和の象徴みたいに思われている訳だが…この祝祭はアメリカ帝国主義の示威行為に過ぎない。つまり「冷戦の開始」の象徴なんです(冷戦終結「ベルリンの壁崩壊」にも、この曲が演奏されたのは、そういう事なんですね)。だからフルトベングラーは、この演奏を「歓喜の歌」としては表現していない…彼が提示したのは「終わる事の無い不条理」なんです。彼はドイツ人の為に演奏したのであって、聴衆を「西ドイツ人」「東ドイツ人」と区別するつもりなど毛頭無かったはずですが…結果として彼の演奏を聴けないドイツ人が多くいた訳ですね。彼にしてみれば「ナチスはドイツ人を不幸にした」「アメリカやソビエトもまたドイツ人を不幸にした」と言う事ですね。
彼の表現した「大いなる混乱」の中でシュワルツコップの畢生の名唱は輝いてます…素晴らしいですね。
この時期の第九で完璧な演奏を探しているのであれば、1948年録音のカラヤン指揮ウィーンフィルなど如何でしょう。バイロイトでは少し弱い男性ソリストもパツァーク、ホッターと一流だし、オケも最高で指揮も優秀、大変な名演だと思うんだが…私にはオペラにしか聞こえないんだね。残念ながら…