この曲はとてつもなく有名だが、正直これまで、おもしろいと思ったことがなかった。
どちらかというと単調で、大げさで・・というような印象。
でもこのクーベリックとベルリンフィルの演奏は違った。
初めて曲の中に分け入らせてくれた。
クーベリックは9つの交響曲を9つのオーケストラで演奏し全集を完成させているが、
ベルリンフィルは第3番「英雄」だった。ここでの両者はがっぷり四つに組んで、というより肩を組んで、
ひたすら音楽の核心部分で音を鳴り響かせている。
第1楽章。舞曲風の主題になると、オーケストラはまったく違った表情になる。
リヒテルが「テンペスト」の第3楽章を可憐な舞曲のように演奏したのを思い出した。
弱音部分のやりとりも精密。
第2楽章は音の宇宙というような気配で、深い精神性を感じさせてくれる。
ハイリゲンシュタットで耳の病(そこからくる不安や恐怖)を乗りこえ、
その闘争宣言でもある交響曲第2番を作曲したベートーヴェンが、
自らの個性そのままに、創造者としての印を刻みつけたのが「英雄」だが、
クーベリック+ベルリンPの演奏を聴いていると、創造神誕生の瞬間に立ち会っているような
異様に新鮮な思い、畏敬の念にも似た感情に包まれる。それが第3楽章と第4楽章。
この第3番は、全集でも白眉と言える名演。
カップリングされている8番もそれに拮抗する仕上がり。唯一献呈者がいない曲、
つまり誰のためでもなく、何のためでもない。
自由に作曲された8番を、当然のようにベートーヴェンは最も愛した。
クーベリックの全集には、能のように超絶的に遅いテンポの「田園」もあるが、
8番は、胸をはって前進するような若々しい速度設定。
クーベリックはこの曲を、全集全体の「到達点」に想定していたのではないだろうか。
第4楽章の最後の音が終わると、もう一度、第1楽章から聴きたくなる(実際にそうしてしまう)音楽。
ジョージ・セルによって鍛えられ、磨き上げられたクリーヴランド管弦楽団が、
指揮者と一体化してベートーヴェンの宇宙を響かせる。
たいていベートーヴェンの交響曲というのは、1曲聴くとお腹がいっぱいというかんじで、次が続かないが、
クーベリックの全集は、6番を聴いたら3番、そしてその次は・・、というように、時間が許すかぎり、
聴き続けていたいと思わせてくれる。