「皇帝」に関しては、正直な話、チェリビダッケ指揮パリ管弦楽団の海賊版(1970年台の良質のモノラル)の持つショッキングな戦慄・・・という所までは行っていない。
そもそも、当初はコード・ガーベンとの約束(つまりはドイツ・グラモフォンとの契約)=何とカルロス・クライバー指揮ベルリン・フィルと「全集」を作ると言う雄図がまずあって、その雄図がクライバーの楽譜を(意地悪の?)ミケランジェリが見てしまったことから大頓挫したのだが、その代替案として数年後スタートしたのが、ジュリーニ指揮ヴィーン交響楽団とのセッションである。そこにこぎつくまでも紆余曲折があり、相当大変だったらしい。
ようやくピアノの前に陣取った天才イタリア人は、何かに憑かれたかのようにピアニズムの万華鏡を繰り広げる。忍耐強いジュリーニの奥深いアンサンブルに支えられて(伴奏を担当した3曲の中で一番ジュリーニらしい)、完璧なベートーヴェンを再構築する。
さりげなく剛毅華麗な演奏を繰り広げるバックハウスや、シャープなのに豊かな音楽をスマートに聞かせるグルダとも違う、「貴族的完ぺき主義の使徒」としての輝かしい演奏といえよう。
第3番ハ短調は「皇帝」ほどの緊張感は感じられない。カデンツァはさすがだが、録音のせいか聞く者の耳を圧倒するレヴェルには達し切れてはいない。パリ管のコンサートでは「ポリーニもブレンデルもバレンボイムも全く児戯にすぎない」とさえ言わしめた絶対的境地がこの演奏の上に存在したのだ。やはり天才は恐ろしい。
この録音にこぎつけたコード・ガーベンの忍耐力に敬意を表する。