少し前、車の中でラジオをつけたら、NHK・FMから、「熱情」が流れて来た。その力強いタッチと、それで居て、明鏡止水とも呼ぶべき静けさをたたえた演奏に打たれた私は、一体、誰がこんな「熱情」を弾いて居るのだろう?と思った。やがて、その素晴らしい終楽章が終はり、アナウンサーが演奏者の名を告げるのを待つと、アナウンサーは、それが、ルドルフ・ゼルキンの演奏であった事を告げた。−−それから間も無く、このCDを買った私は、ゼルキンの「熱情」のみならず、「月光」と「悲愴」に、そして、同じくこのCDの収められた「テレーゼ」に圧倒された。リヒテルやホロヴィッツの演奏も素晴らしいが、このCDに収められたゼルキンの演奏は、素晴らしい。−−「明鏡止水」と言ふ日本語は、ゼルキンのこの演奏の為に有る言葉であるかの様である。
このCDの解説文に依れば、このCDに収められた「月光」、「熱情」、「悲愴」は、ゼルキンが59歳の時(1962年12月)の演奏である。(「テレーゼ」は、70歳前後(1973年)の録音)ゼルキンが、最も円熟して居た頃の演奏と言って良さそうである。素晴らしいCDである。こんな素晴らしいCDが、この廉価である事は、クラシックのCDが、値段と内容が一致しない事の良い例と言へそうである。このCDを推薦する。
(西岡昌紀・内科医)