録音は今では古くなってしまい、純粋に音質として十分でないが、元の音楽のすばらしさに加えて、名人リヒテルの料理によって、聞き手に届けられる音楽は一層の魅力と輝きを与えられる典型的な例の1つであろう。ピアノの強弱の幅の広さ、スピードの変化の妙、間の取り方の絶妙さは音楽の感動表現に100%奉仕している。聞いていて、演奏者の作為をまったく感じさせず、作曲家とリスナーとが対面しているような錯覚を覚える。ベートーヴェンという作曲家は不思議な作曲家だと痛感させられる。完全にロマン派に入ってしまいそうな曲だ。また、シューマンの幻想曲はほの暗い世界の中で、夢と苦悩が無限の幅で交錯する世界を見事に描いている傑作でリヒテルにはその能力を発揮するのに恰好の題材と思える。
こういうピアニストは少ないというより、いなくなってしまったのは残念だ。リヒテルとは少し別のところに居るが、ある意味で共通性のあるピアニストがマルタ・アルゲリッチである。幸い、リヒテルの名演奏は他にもかなり出ているのでありがたい。