昨日映画館で「ベンジャミン・バトン−数奇な人生−」を3人で観た。
う〜ん,面白かったけれど。死の床にある語り部が,死ぬ間際に娘に伝えたかったほんとのところはなんだろう。
娘の本当の父親が誰かということか,
現代だったら世俗と猥雑さにみちた芸能界に類比できる第二次大戦前後のアメリカのバレーの世界で,いくらか名を馳せたバレリーナであった自分の成功と挫折の物語か,
それとも,わが身が愛された男の不思議な人生を看取ったことか。
いずれにしても,それは「数奇な人生をおくった男」の物語ではない。
そうではなく,その男を愛し愛された女の歴史であると断言したい。
語り部の入院していた病院が位置するニュー・オーリンズを襲った巨大ハリケーンは,この物語に不必要な舞台背景のように感じた。
たしかに「数奇」だが,「年齢の逆行」さえ差し引けばふつうの(デビッド・フィンチャー監督に似合わぬほどの),静かなロマンス映画だったから。
(2009/2/12)