著者は序章で『本書はこども達とその構成要素(精子や卵子など)を扱う市場(生殖産業)の道徳的解決を目指してはいない。それどころか、解決されることはないだろう』と記しているとおり、本書には道徳的あるいは倫理的な考察は殆どない。こども達とその構成要素(精子や卵子など)を扱う『市場(主にアメリカの生殖産業)』の実態が、経済学者の視点から淡々と述べられているだけだ。
ここで言う『市場』とはアンダーグランドなものではなく、公になっていて、それを利用する資金があれば誰でも利用できるオープンなものが大部分である。
具体的には、人工授精、代理母出産、PGD(着床前遺伝子診断)と呼ばれる技術、クローン技術、そして養子斡旋などが挙げられるが、これらの殆どは、自分の子供が欲しい、重大な疾患のない健康な子供が欲しいという、夫婦の切実な願いに応えるために開発されたものばかりである。
しかし、それが「儲かるもの」として市場が形成されると、子供は欲しいけど自分の腹を痛めるのはいやだから代理母出産を選択する、より優秀な子供が欲しいからPGDを選択する、という本来の目的から逸脱した理由でこれらを利用する人物やそれを商売にする人物がでてきたのは当然なのだろう。
本文300Pの作品だが、これは許される研究(技術)なのか、そうでないのか、それを考えながら読むとページを捲る指が止まってしまい、読了までに一週間かかってしまった。しかも、読了後もまだ自分なりの答えが出ない状態である。
需要と供給と道徳…。著者が強く訴えるとおり、政治の強い力が加わって『赤ん坊ビジネスを続行するため』の規制の枠組みが作られなければならないのだろうか。