この時期に文庫化されたのは、近年、御用報道ではないか?と不信感を抱かれることの少なくなかった報道機関やジャーナリスト諸氏に、かつて不自由な環境のなか奮闘した記者たちの志を思い起こさせるためだろうか。
後に美しくきらめく繊細な作品を数々発表した作家が、若き記者時代に、(むかしの)記者に特有な澄んだ瞳とナイーヴな心で、報道とは何か、伝えるべき本質は何か自らに問いながら、混沌としたベトナムで見たもの聞いたもの考えたことを綴った体験記ともいえる随筆。
徹底して憶測を抑え、表層に惑わされず、真実を見極めようとする理性に、記者としての性を感じる。
後に小説に描かれる非現実が、常に現実感を伴っていたのは、この記者としての性が、作家になった後にも失われなかったためだったのかもしれない。