懐かしさに誘われて買いました。裕ちゃんが逝去されてもうそんなに時間が経ったのですね。プルーストは午後のお茶とマドレーヌの匂いに過去を手繰るように思い出しますが、このCDを聞いていると1960年代から70年代の彼が溌剌としていた頃のいろいろな事共が眼に浮かんできます。戦後すぐではないものの世の中はまだまだ貧しくて、舗装のされていない田舎道を国産の故障の多い車ががたぴしと走っている頃でした。幼かった私には裕ちゃんは輝いて見え、彼の歌はとびっきり甘くきこえたものです。かっこよい容姿にはにかんだ笑顔が育ちのよさをしのばせた所為もあったでしょう。
でも、大人になってみると、彼のエコーの効いた歌は快いけれど素人っぽいし、随分な観客数を動員した彼の映画もかっこよかったけれど、演劇学校で基礎を固めた演技とは程遠かった。晩年の裕ちゃんは少しメタボでおっさんだったし...
何故彼の歌が人を惹きつけたのか、と考えると、やはり人は時代の中で生きるしかないからだと思います。あの頃は皆がむしゃらに働き生きる事に必死で、週休2日制なんて聞いたこともなかった。その時代の沢山の人々にとって、オペラは固すぎ、演歌は重すぎ、英語のポップスは感情移入するには遠すぎて、かといってカレッジフォークは自己陶酔がすぎたと思う。
そんな心の隙間に身構えなくて聞ける裕ちゃんの歌は甘く切なくて、だからあの頃「シビレル」なんて表現が流行ったのかも知れません。裕ちゃんはあの時代を代表する憧れのシンボルでした。