とても勉強になります。特に自分のように理論や批評より小説そのものの読者としてベケットにはまり込んだ人間にとっては。良い批評は読書の幅しいては世界そのものを広げ、読み方を変えますが、この『ベケット大全』も私にとってそのような種類の本となってくれました。
しかしながら大全というこのタイトルはいかがなものでしょうか? 完全な百科事典がないのと同様にひとりの作家に関する事柄を網羅することなどできるはずがありません(もちろん著者の方々もそのようなことを目標としたのではないのは明白ですが)。さらに各テーマが大きすぎるのです。たとえばヴィトゲンシュタインについて、たとえベケットとの類似性、関連性から述べるにしてもたった二ページしか割かないというのは両者のファンとして納得がいきません。おまけにトートロジー(同語反復)を意識したふたりの類似点を示すいちばん簡単なやり方はふたりのテクストを引用すること、それで十分というかそれしかないのでしょうか?(そんなの批評じゃないよ、といわれたらそれまでなのですが。)
上記のように、この本は完全でも決定版でも、つまり大全ではありませんが、それでも、ベケットを中心とする頭のなかの地図を塗り替えてくれました。これからベケットを読みたい、という方にもお勧めしますが、ここに提示される世界だけにベケットを固定する必要はまったくありません。