ヘーゲルの作品には一通り目を通し、最後にまったく期待しないでこれを読んだ。驚いた。一番面白い。
論理学者としては非合理的、政治思想家及び歴史家としては反動的だと烙印を押されたヘーゲルだが、良い意味でこの美学のヘーゲルは俗物的だ。
芸術全体は、理念→形態→個別芸術(本書では「個々の芸術」)
とすすみ、
形態と個別芸術はそれぞれ、象徴的、古典的、ロマン的(『歴史哲学講義』の「東洋世界」「ギリシャ世界」「ローマ・ゲルマン世界」にほぼ対応)に分けられる。
象徴的はエジプト建築、古典的はギリシア彫刻を指し、近代のロマン的芸術様式は絵画/音楽/詩に分けられる。
そうした分類は別に難しい話ではなく、イメージとしてはまず建築物が出来てその中で彫刻が飾られ、最後に人間たちがそこに集い作品をつくるという風に考えれば良いとヘーゲルは提案しており、とても判りやすい。
良い意味で俗物的だと言ったのは、ギリシャ彫刻を理想としつつも、古典的芸術の解体がちゃんと位置づけられているため、現代的な認識を維持しているということだ(正/反/合ならぬ合/成/反)。
第二部「形態」のラストでゲーテの「西東詩集」について触れられているが、この『オリエンタリズム』を象徴する詩集の扱いも事前にイスラムについて触れているので反動的に扱われている印象はまったくない。
難を言えばルネサンスが居場所をなくしている気がするが(ドイツに住んでいたせいもあるだろう)、イタリアオペラなどを熱心に聴いていたというヘーゲルの音楽に関する記述などはそうした欠点を補って余ある。
本書はヘーゲルにとって、カントにとっての『判断力批判』、ドゥルーズにとっての『シネマ』のような位置づけが出来るし、実際に本棚では両書の真ん中に置いても面白いだろう。歴史的な内容としてはまさに両書の中間に来る重要作品だ。
『精神現象学』では芸術宗教として触れられ、多数の脱線として語られた印象のある事象が有機的に説明されるのを読むのは興味深い。
注と索引の充実した岩波のヘーゲル全集版(全9冊!)と迷ったが、長谷川版(長谷川宏『新しいヘーゲル』にも『美学講義』の簡単な内容紹介がある)にも人物索引はあり問題ない。
今は掲載人物の詳細や本来のスペルを知りたければネット検索すればいいのだから、読みやすくヘーゲルの思索の段階(類/種/個)を体感しやすいこちらを推薦する。
値段が高いので☆をひとつ減らすが、是非文庫で出してほしいし、多くの人に読まれるべきだ。