主人公信照の戦時中の少年時代の回想から物語は始まる。勇三、武と朝礼台で遊んでいる際、武が落ち、以後松葉杖生活が続いた事が語られる。その後、勇三はヤクザとなって若死にし、信照は裏稼業を続けながら70才の今も生きている。堅気の道を歩んだ武は専務となるが、57才の時に自動車事故で死んで「ヘル」へ行く。
「ヘル」とは、現世に未練を残して死んだ人間が彷徨う世界であり、そこの住人は永遠の肉体を得る。存在と非存在の中間のような場であり、信仰心がなく自分を神の様に錯覚している者への覚醒の場でもある。日本人への皮肉であろう。「ヘル」の住人同士は精神的に同化する事が可能であり、記憶と想像の区別が付かないので、例えば自分が現世で浮気していた場面の覗きを(浮気相手の夫の意識に同化して)自分の体験談として見る事も可能である。筒井らしい面白い設定である。
「ヘル」の中では、現世で何らかの関係があった者同士が出会うらしい。ただし、その関係は一方的であり得る。権力を持つ側は、持たない者の恨みを知らない。武は、「ヘル」を自分が産み出した意識体ではないかと疑う。そして、武は「ヘル」内で飢餓地獄の少年勇三と遭う。「ヘル」で飽食した勇三は現世に戻されるが、それがヤクザになるキッカケに...。最早、時空や現世・「ヘル」を超越した"メビウスの環"的物語になっている。その後の数々のエピソードは重層的に絡み合い、人生の縁、人間模様の機微を感じさせる。スラップスティック・ギャグも交えて、飽くまでエンターテインメントの枠内で。
現世で起こった全ての事を「ヘル」の住人は笑い飛ばせると言う。名称とは裏腹に「ヘル」とは"涅槃の境地"なのではあるまいか。高度な小説技法で、人間の深層心理や人生の意義・因果関係の皮肉を、飽くまで娯楽小説として描いた秀作。