乱闘にも暗黙のルールがある。暗黙のルールは明文化されていないが故に色濃く文化が反映されているはずなので、野球の乱闘史を眺めることで野球文化の変遷を知ろうというのは面白い試みだ。ここに書かれている乱闘の多くは知らないものであったので、乱闘文化、もとい、野球文化の遷り変りを垣間見ることができた。
もっとも諸手を挙げて共感できない箇所もいくつかある。
まず、結語が短絡的すぎること。確かに、野球の乱闘が減ったのは一般社会のモラル水準の高まりが一因だろうが、それをもって、いい世の中になったと言えるだろうか?表面的な凶暴性はなくなったかもしれないが暴力は陰湿化している。一般社会は複雑に変質しており、モラル水準が上がったら上がったで色んな問題を孕んでいる。
次に、事実誤認。清原の投げたバットは一度地面に着いており、「平沼の右腕に直撃(P67)」していない。当ったかどうかも微妙。平沼は全治2週間だったが、それは右腕ではなっかたはずだ。
最後に、度が過ぎたアンチ。乱闘に参加しない王を「自分本位(P122)」呼ばわりしているが、MLB流の乱闘全員参加が1965年当時の規範だったとは言えない。アンチであっても野球ファンであるなら「世界のサダハル・オー」には敬意を払うべきだろう。