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さて、本書は不思議な本だ。
タイトルの通り作家を目指す人間は、一読しても損はない。否、必読書とも言えるだろう。
しかし問題なのは、この著者自身である。彼の名前と作品名が連動する人がいるだろうか?
いや、ネットで彼の名を検索すると、悪名ばかりが漂ってくる。
ミステリー読者から言動を嘲笑され、「霧島那智」、「榛名高雄」、「名村烈」名義の架空戦記は軍事オタクに無知ぶりと作品の粗さ(まさに本書で示される負の典型例)が酷評されている。
また読者の人気投票では組織票を動員しただの、ネット論争で負けそうになると、友人知人をサクラとして味方につけているといったよろしくない噂があるばかりか、彼のHPに掲載されている日記では自分と決別した作家への悪罵が書き連ねられ、まさに人格を疑ってしまう。
東大卒の彼は「作家になりたかったからなった」と公言してはばからないし、作家として生計を立てているのだから、幸せなのだろう。
しかし、彼の読者はどうなのだろうか? 彼の文章=小説を読んで幸せになれるのだろうか?
如何せん、彼の文章=作品から、肝心な部分がなにも伝わってこない。
無論、本書からもだ。「作家になる方法」は書いてあっても、「作家として幸せになれるか=読者を幸せにできるか」は書いていない。
厳密に書けば、「作家になることが目標」の人はいいだろう。しかし「作家として何かを表現したい」人には、物足りない。
そう。つまり彼は頭はよく、実行力もあり、小説が好きなのだ。しかし惜しむらくは、「作家としての適性」に欠けている。なぜなら彼自身が、「作家になること」で目的を完結してしまったのだから。
「その程度の作家の小説作法」と、読者は割り切らねばならない。
この人の著書群(≒クロニクル)はどんなだろう?
それが気になって、このアマゾン空間で「若桜木虔」で検索してみる。売れる順で著書一覧をながめている。どうやらこの本が一番売れている。彼にとって本来肝心の小説はあまり売れていないようにみえる。
作家にとって「文章読本」は、いわば「オマケ」であるべきである。
なのに、このごろ、やたら「文書読本」は売れている。「谷崎潤一郎」「井上ひさし」「三島由紀夫」で検索してみても、なぜか文章読本は上位にある。
わかった。この作家は「世の中書きたい人が、この世の中にずいぶんと多い。こいつらはカモになる」と思ってしまったのだ。作家にとって、できれば避けたい、この貧乏臭のただよう甘美な蜜をなめ、なめ続けているのだ。
基本的にワカサギ氏はブックメーカーである。つねに「今そこそこ売れる文章を書く」タイプの作家である。今、彼にとって「文章読本」が売れ線なのだ。
結局、彼は一流にはなりえないと感じる。
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