プラトンを読んだのはこれが初めて。読む前、ソクラテスには「おじいさん」のイメージを持っていたのだが、ここでは自分のことを「ぼく」と言う若者として登場する。この話は、有名人に簡単に自分の大切な魂をゆだねてしまおうとする友人を引き止めた話で、若さや友情や熱さを感じた。
ソフィストであるプロタゴラスに、大金を投じて弟子入りしようとしているヒッポクラテスに、ソクラテスは、「自分自身の魂の世話を、よく知らない人にゆだねようとしているのだぞ」と警告する。「プロタゴラスのような職業的なソフィストは、魂の糧食である学識を商品として売るような人物なのだから警戒したほうがよい」と、やんわり伝える。
実際にソクラテスがプロタゴラスと討論するなかで、プロタゴラスが吟味されていく。「徳」はプロ教師による教育が可能なものだとするプロタゴラスと、人に教えられるようなものではないとするソクラテス。討論の途中、弁論の手法や論題の選択をめぐる駆け引きもある。ソクラテスは、ギャラリーを見方にしたり、年長で高名なプロタゴラスに礼を失さず、丁寧な態度をこころがけたりと、人心掌握もうまい。ときどき若者らしい直截さものぞかせて、わくわくさせられた。
最終的に勝敗を決することなくソクラテスは討論を終わるが、結果的にプロタゴラスを当初とは逆の主張に導いてしまう。ソフィストがお金をもらって教えているような「徳」が、はたして本当の徳なのだろうかと、プロタゴラスにすこしは考えさせることにも成功したようだ。ヒッポクラテスの弟子入り志願の熱も、いつのまにか冷めていたようだ。徳や知の価値や、魂は価値高いものだぞ、簡単に人にゆだねるな、というソクラテスの熱い思いが伝わってきた。