第1評論集『零の力』に収録されているエズラ・パウンド論に感銘を受けて以来のファンなので、このところたて続けに氏の本が出版されているのは本当にうれしい限りです。
先に出版された『ドン・キホーテ讃歌』が、ドン・キホーテ論を中心に、エリオット論(傑作)、ベンヤミン論(「ベルリン幼年記」の話が泣けます)、ボルヘス論(「ピエール・メナール」の執筆に再起をかけた話が感動的)などが集められた論集であったのに対し、こちらは、途中いろいろと寄り道しながらも(この寄り道が魅力的なのですが)、最初から最後まで一貫してプルーストについて論じた長編評論です。
キルケゴールの『あれか、これか』に出てくる「われわれの会」=シュムパラネクローメノイ(「ともに死んだ者たち」という意味の造語だそうです)の話から始まる第5章の「大童」。このような魅力的な挿話が次々と語られ、独自の磁場が形成されてゆき、読み終わると、すっかり世界文学ディフィカルト教の教えを受けとり直すことになります。
氏の批評の特徴は、その教えの強力な磁力で「とにかくそれ以外大切なことはないんだから、世界文学を読んで読んで読みまくるぞ」という変な気持ちに読者をもってゆく点にあると思います(それもまったく押しつけがましくなく、むしろ恐ろしいほどの腰の低さで)。
『失われた時』を読んでいなければ、読まずにはいられなくなると思います、たぶん。