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プルーストとシーニュ 増補版―文学機械としての失われた時を求めて (叢書・ウニベルシタス)
 
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プルーストとシーニュ 増補版―文学機械としての失われた時を求めて (叢書・ウニベルシタス) [単行本]

ジル・ドゥルーズ , 宇波 彰
5つ星のうち 2.7  レビューをすべて見る (3件のカスタマーレビュー)
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登録情報

  • 単行本: 241ページ
  • 出版社: 法政大学出版局; 増補版 (1986/06)
  • ISBN-10: 4588000497
  • ISBN-13: 978-4588000492
  • 発売日: 1986/06
  • 商品の寸法: 19 x 13 x 2 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 2.7  レビューをすべて見る (3件のカスタマーレビュー)
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6 人中、6人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
改訳を望む 2010/9/1
By スワン トップ500レビュアー
本訳書を二度ほど読みかけたが、先に投稿された<カスタマー>氏同様、私もほとんど理解できなかった。そこで原書を注文して読み返したら――随所に誤訳があることに気づいた。

本書の冒頭部分から簡単な例を挙げておけば、シャルリュス男爵の「演劇に対する感覚」とあるのは《芝居っ気》と訳すべきだろうし、ヴェルデュラン夫人の「物まね」は《身ぶり》とすべきである(小説のなかで夫人は「物まね」などしない)。ノルポワ氏の「外交に関する数字」は《外交に関する隠語》である(イギリスの首相官邸を「ダウニング街」と呼ぶような)……といった具合。

訳文全体に関しても、意味不明なセンテンスが散見される。
やはり冒頭部分から一例を挙げると――「プルーストにおいては、マルタンヴィルの鐘塔と、ヴァントゥーユの短い楽節が、彼をいつもマドレーヌやヴェネチアの敷石の方へと連れて行くことであろう」。
ここは原文によれば――《プルーストにおいては、マルタンヴィルの鐘塔とヴァントゥイユの小楽節はつねに、マドレーヌやヴェネチアの敷石より優位を占めている》となる。

ドゥルーズは、芸術的な契機をふくんだ鐘塔や小楽節の体験のほうが単なる記憶の甦りであるマドレーヌ菓子や敷石のエピソードより重要だといっているのである。だからこそ彼は、「『失われた時を求めて』の本質はマドレーヌや敷石のなかには存在しない」(訳書)と書いているのではないか。それなのに、鐘塔や小楽節の体験が<語り手>を「マドレーヌや敷石の方へと連れて行」ってしまったら……話が逆になってしまう。

「プルースト全集」(筑摩書房)の別巻で、本書の結論部分を湯沢英彦という人が訳出しているが、こちらはじつに明快。ドゥルーズのプルースト論はフランスでも評価が高くユニークな論考なので、ぜひ改訳を望む。
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10 人中、7人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
本書は、「失われた時を求めて」の愛読者であるならば、楽しめることが約束できると思う。プルーストの評論の中で、この本ほどプルーストの作品の内奥まで深く降りてゆき、また作品の外観を精緻に分析した書物はないと思う。ドゥルーズの視線は、常に両義的である。例えば、「失われた時を求めて」は、記憶を辿った物語であるというのが一般的な見方かもしれないが、ドゥルーズは、習得という観点を導入して作品を読み解く。世界は習得の過程の中で揺れ動き、最終的には芸術の啓示に到達する、という具合にである。そして、「失われた時を求めて」はシーニュの解読である、と。「愛のシューニュ」は、暴露するものと隠そうとするものとの矛盾の中に捉えられる。つまり、主観が形成するものと、裏切るものの矛盾である。(例えば、アルベルチーヌとの恋愛。)次に、「感覚的シーニュ」の中には、存続と虚無の対立が残っている。(ソドムとゴモラの世界。)そして、芸術のシーニュにおいて、真理が啓示される。(時の啓示。)小説を最後まで読み終えたことのある者ならば、作品がどういう過程を辿るのか知っているだろうが、ドゥルーズはその一つ一つの意味を我々に独自の観点から提示してくれる。また、ドゥルーズの他の哲学書との関連性から読んでも、この本は読み応えがあると思う。「本質はそれ自身において差異である。しかし本質は、それ自身に対して同一のままおのれを反復する力を持たない限り、多様化する力と、おのれを多様化する力を持つことはない」というような記述があるが、それが作品の分析の中で展開されるのである。プルーストの愛読者にも、ドゥルーズの哲学書の愛読者にもお勧めの一冊である。
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29 人中、13人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
分からない 2005/4/4
By カスタマー
いやはや、さっぱり理解出来ない。
予備知識も必要だが、訳文も硬い(ような気がする)。

素材は小説であり、内容も構造分析的で平易なものだから、訳がこなれていれば、軽い読み物になったはずだと思うのだが、あらずもがなの哲学的な文体、いかにも翻訳調なので、とにかく読みづらい。

というわけで、まったく読めない一冊。

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