1924年、アメリカの新聞王ハーストの客船Oneida号に社交界のお歴々が乗り合わせる。その中にはハーストの愛人である女優マリオン・デービスや喜劇王チャップリンの姿もあった。やがてこの船で大事件が起こるのだが、乗客全員が事件について口をつぐみ、司直も時の実力者ハーストの前に及び腰となってしまったため、事件は今も多くの謎を残したままだ。世にいう「Oneida号事件」である。
この映画は上記の史実の真相に大胆に迫った舞台劇が原作です。しかし謎解きや犯人探しがお話の眼目ではありませんので、ミステリー劇を期待すると肩透かしを食うと思います。むしろ人間群像劇として見るべき作品でしょう。
20年代アメリカのジャズ・エイジの雰囲気がとても良く出ている映画です。うなるほどの金を持ち、虚実ないまぜの醜聞にまみれた退廃的人生を生きる人々が次々と登場します。それでも奇妙なほど彼らが魅力的に見えるのです。
「市民ケーン」のモデルでもあるハーストが、愛人マリオンに溺れていくさまは決して不快感がありません。彼にとってマリオンはファム・ファタルというよりはビジネスにおけるミューズだったのではないでしょうか。
またマリオン自身も史実によればハーストの死まで見取ったという女性で、この映画の中でも決してマリオンは世間慣れした「擦れた女」としては描かれていません。そもそもは金銭が結びつけた二人であったかもしれませんが、マリオンは芯のしっかりした、自分の強い意思でハーストを愛そうとした女性として描かれています。そうした役柄をキルスティン・ダンストが実に見事に演じ切っています。
人の道に外れた登場人物たちの生き様は確かに手放しで褒められるものではありませんが、それでも欲望と野望を剥き出しにして、己にあくまでも忠実に生きる登場人物たちの潔いデカダンスに、ある種の爽快感を味わえました。