「グランブルー」リュック・ベッソンが1988年に撮った映画だ。ベッソンの出世作であるとともに、フリーダイビングというスポーツを世に知らしめた。フリーダイビングは素潜りでどれだけ深く潜ることができるかを競う過酷なスポーツだ。
息を止めて垂直に潜っていくと海のなかはブルーのグラデーションだ。潜るに従って青はどんどん濃くなっていき、やがて音も光もない静寂と青い闇の世界に変わっていく。青い闇の世界、それがグランブルーだ。
映画は地中海の美しい海をバックに男たちの勇気と友情を描いていく。エリック・セラの音楽に乗せて描かれる海のなかはあくまで美しく神秘的だ。ライバル、ジャックとエンゾは、ジャック・マイヨールとエンゾ・マイオルカという実在のフリーダイバーだ。ダイバーたちは潜っていくうちに海に溶けていくと口をそろえる。
篠宮龍三の「ブルーゾーン」を読んだ。水深115mのアジア記録を樹立したフリーダイバーだ。水深100mを体験したダイバーは世界中で7人しかいない。そしてその篠宮龍三も海に溶けていくと言っている。トップクラスのフリーダイバーは10分近く息を止めることができる。水深30mを超えると肺とウエットスーツは水圧で押しつぶされ浮力がなくなる。すると身体は重力だけでどんどん深く海のなかにすべり降りていく。そしてそのとき身体にはブラッドシフトという現象が起きる。
ブラッドシフトとは体内の血液が手足の末端から、生命維持にかかわる脳や心臓に集まっていく現象だ。しかも脳のなかでも生命維持の機能を果たす小脳に酸素と血液が集中していく。すると苦しいという感覚がなくなっていく。つまり感情を司る大脳とその周辺が休止することで思考が止まり、快不快の認識がなくなり苦しさは消えていくのだ。
吸い込まれるるように青い闇の世界に落ちていく。そこは音も光もない静寂の青い闇、それがグランブルーの世界だ。ジャック・マイヨールは「イルカと、海に還る日」のなかでこう記している。
”そこにはブルーしかない。上も下も左も右も、すべてが同じブルーに包まれる深海である。それを私たちはグランブルーと呼ぶ。太古の昔、人間の祖先が住んでいたであろう世界だ。”
グランブルー、その世界を私たちは自ら体験することはできない。それはエベレストの頂上が実際にどんなところなのか分からないことと同じだ。だからこそそうした極限を体験した人間の言葉は私たちを惹きつけてやまない。
篠宮龍三は「ブルーゾーン」のなかで”One Ocean-海はひとつ”というメッセージを送っている。
『海は人と人、国と国、大陸と大陸を隔てるものではなく、ひとつにつなげるものだ。だから海は争いの象徴ではなく、平和の象徴であってほしい。』