ノッケからこんな話しで恐縮だか、既に当時から日本には雰囲気ブチ壊しの目立ちたがり集団、所謂“ブラボニスト”が多く繁殖しており、この会場にも少なからず潜伏していた事であろうが、さすがのブラボニストどもも、いや当時会場にいた全ての聴衆はこの圧倒的な演奏にド肝も魂も引き抜かれ、忘我の境地に陥ったのであろう。終演直後暫しひと呼吸間をおいてから万雷の拍手が沸き起こり、それがやがて大きな“ブラボー”の嵐へとつながっていった。、感動を与えてくれたアーティストに対し、誠に敬意を表した“真のブラボー”とは此の如きものを申すのではないだろうか。 さて蛇足が長くなってしまったが演奏の方は終始一貫して“響きの交わり”の醍醐味を満喫させてくれる圧倒的な演奏だ。ピッチも完璧!音響バランスも絶妙!室内楽的というレベルを遥かに超越し、大編成のオケが恰も一つの楽器と化して精妙な響きを醸し出す。ここまで澄みきった響きで再現されるが故、複雑且つ精妙に入り組んだブルックナーのスコアであってもけして混濁する事はなく、逆に神々しいまでに荘厳的な響きの美しさに聴き手は嫌が上にもひれ伏さざるを得ない。しかもそれを音響的ノウハウのほとんど無い柿落とし公演でやってのけたのであるから驚愕だ。指揮者が瞬間的にその場その時の最適な音響バランスを嗅ぎ分ける術を有していなければこんな芸当は不可能だろう。チェリには天性としてそれが備わっていたのか?それとも長年の鍛練による賜物なのか?どちらにせよライナーノートに記されたご子息の言葉からは生前のチェリがいかに響きにこだわっていたかが容易に想像ができる。 ちなみにシンフォニーを“交響曲”と翻訳したのはかの森鴎外だそうだ。“響きの交わり”とは誠言い得て妙な翻訳で、もしかして鴎外はドイツ留学中にブルックナーの芸術に接してインスピレーションを得たのでは?ふとそんな思いにもさせられる一枚である。チェリが生前にこだわり続けた“響きの交わり”の醍醐味と妙味を心ゆくまでご堪能あれ!