1980年3月ウィーンで録音。超完全主義者カルロス・クライバーが50才の時の録音でヨハネス・ブラームスがこの曲を作曲した時と同年齢である。
有名な1982年12月にベートーヴェンの交響曲第4番を練習中、意見の相違で楽員と対立し、定期演奏会をキャンセルしてしまったという所謂「テレーズ事件」の少し前であり、妥協を許さないクライバーと職人集団ウィーン・フィルの面々のぶつかりあいがきっとまずあって、徹底したこの曲についての論戦があってその後、録音したとしか思えない。ウィーン・フィルが一体化した結合感ある有機体になって哀しさに泣いているような感覚を覚える。第1楽章などまるで管の音がひらひらと哀しげに墜ちてくるような錯覚すら覚える。
これほどの指揮者はもう現れないだろう。神のタクトだ。