常々、世の中タイミングの不運というものがある。三国志の呉の名将、周瑜は、同じ時に生を与えられた孔明との運命を天に問うたそうだが、そんな話はザラである。2000年に無敵を誇り「降臨」と形容された競走馬、テイエムオペラオーは、その年、5つのG1レースを制覇したが、そのうち4つのレースで2着に終わったのがメイショウドトウだった。さぞかしメイショウドトウは思ったことだろう。「天はなぜテイエムオペラオーと同じ時に我が生を与えたのだ」と。
なんで、こんな話を書いたかと言うと、このディスクについて、私は似たような思い出があるからだ。このアンスネスとブラームスの演奏、立派な名演なのだけれど、ほぼ同じタイミングでポリーニとアバドによる同曲のリリースがあった。それなので、CDショップにいってみても、特価で輸入盤が積み上げられているのは、ポリーニのディスクばかりで、アンスネスのこのアルバムは、リリース早々に、「ブラームス」のタグのついた棚への移動を余儀なくされていた。私の記憶では、当時の専門誌やフアンの投票でも、ポリーニ盤が話題を圧倒し、このアンスネスのディスクなんてほとんど取り上げられなかったものだ。
ところがこのディスク、傍流に置いておくにはあまりにもったいない素晴らしい内容なのである。
アンスネス(Leif Ove Andsnes)は1970年生まれだから、このディスクが録音された1997-98年にはまだ20代であった。しかし、堂々たるブラームスを展開している。アンスネスはこの協奏曲からロマン派特有の濃厚なテイスティングを引き出しているわけではない。むしろその主眼は詩情の自然な発露にあり、詩的で、時に激しさを伴った歌に満ちたアプローチだと思う。白熱する要素も十二分にある。両端楽章は力感に満ちた表現が随所に溢れていて、激性豊かで、この規模の大きい楽曲の「決め所」を外さない心地よさがある。しかし、楽想をスピードにまかせて弾き飛ばすようなことはなく、感情が覆い尽くすような方法論はとられていない。いつだって一定のクールさがあるのだ。(ラトルの方がむしろ熱っぽい印象を受けるが)。
ラトルの指揮は情熱的だが、EMIの録音のせいなのか、やや弦楽器陣の響きに奥行きが乏しいのが気にかかる。とはいっても全体の良好な印象を覆すほどの欠点にはなっていない。素晴らしい演奏、と言っていいだろう。
末尾に収録された「3つの間奏曲」も美しい佳演。思索的で、時に少し踏みしめるように進む音楽は高雅な雰囲気。十分にこれらの曲らしさが表出している。