内容(「MARC」データベースより)
すべてのブランドは、病んでいる-。広告界のヒットメーカーと理論派の奇才が「ブランド」を切り口に、現在の宣伝広告業界を一刀両断。広告業界はもちろん、企業の経営者、宣伝広告担当、モノを売るすべての人々への提言。
著者からのコメント
著者 吉田 望, 2002/11/22
弊社の顧問をしてくださっている作家の塩野七生氏はイタリアから以下のような書評を送ってくれました。 「この本は、広告の話かと思って読んでいると、今の日本であることがわかってきて恐ろしくなる。 とは言っても、日本人の全員が病人でいるというわけではありません。この本を読み終えることができたら、それだけでもうその人は、病んではいないということでしょう。」この本には今までのどのブランド本にもありえない斬新な見方があり、最低一ヶ月ぐらいは相手を納得させられる理論があります。 長年の親友ならではのボケとツッコミと業界裏話と、リスクとイノベーションを志向する広告野郎の心意気がつまっています。
弊社の顧問をしてくださっている作家の塩野七生氏はイタリアから以下のような書評を送ってくれました。 「この本は、広告の話かと思って読んでいると、今の日本であることがわかってきて恐ろしくなる。 とは言っても、日本人の全員が病人でいるというわけではありません。この本を読み終えることができたら、それだけでもうその人は、病んではいないということでしょう。」この本には今までのどのブランド本にもありえない斬新な見方があり、最低一ヶ月ぐらいは相手を納得させられる理論があります。 長年の親友ならではのボケとツッコミと業界裏話と、リスクとイノベーションを志向する広告野郎の心意気がつまっています。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
岡 康道
株式会社TUGBOATクリエイティブ・ディレクター、CMプランナー。佐賀県生まれ。早稲田大学法学部卒業後、株式会社電通入社。1999年7月、部下の3名川口清勝、多田琢、麻生哲朗と日本初のクリエイティブエージェンシー、『TUGBOAT』を設立。受賞歴、ADC賞3回・ACC最優秀シリーズ広告賞・TCC最高賞5回・ニューヨークフィルムフェスティバル入賞・クリオ賞・1997年度クリエイター・オブ・ザ・イヤー。2001年、JR東日本、J‐PHONEの両シリーズがルーブル美術館にパーマネントコレクションされる。2002年、アジアパシフィック・アドバタイジングフェスティバル審査員
吉田 望
株式会社ノゾムドットネット(吉田望事務所)代表。文京区生まれ。東京大学工学部卒業後、株式会社電通入社。営業局、ラジオテレビ局を経て、慶応義塾大学ビジネススクールへ社内留学。その後株式会社電通総研へ出向。メディア変革期の直言者として、90年代の電通の顔を務めた。その後メディアコンテンツ総括局調査部長。ITバブルに乗じて電通ドットコムの設立にかかわる。2000年10月、独立。「吉田望事務所」を設立、ブランド・メディア・事業開発コンサルになる。国際大学グローコムフェロー、慶応義塾大学・早稲田大学非常勤講師、株式会社ゼロ社外監査役、株式会社コンセント取締役など。この秋よりモバイルエンターテイメントの新会社AM3社長(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
株式会社TUGBOATクリエイティブ・ディレクター、CMプランナー。佐賀県生まれ。早稲田大学法学部卒業後、株式会社電通入社。1999年7月、部下の3名川口清勝、多田琢、麻生哲朗と日本初のクリエイティブエージェンシー、『TUGBOAT』を設立。受賞歴、ADC賞3回・ACC最優秀シリーズ広告賞・TCC最高賞5回・ニューヨークフィルムフェスティバル入賞・クリオ賞・1997年度クリエイター・オブ・ザ・イヤー。2001年、JR東日本、J‐PHONEの両シリーズがルーブル美術館にパーマネントコレクションされる。2002年、アジアパシフィック・アドバタイジングフェスティバル審査員
吉田 望
株式会社ノゾムドットネット(吉田望事務所)代表。文京区生まれ。東京大学工学部卒業後、株式会社電通入社。営業局、ラジオテレビ局を経て、慶応義塾大学ビジネススクールへ社内留学。その後株式会社電通総研へ出向。メディア変革期の直言者として、90年代の電通の顔を務めた。その後メディアコンテンツ総括局調査部長。ITバブルに乗じて電通ドットコムの設立にかかわる。2000年10月、独立。「吉田望事務所」を設立、ブランド・メディア・事業開発コンサルになる。国際大学グローコムフェロー、慶応義塾大学・早稲田大学非常勤講師、株式会社ゼロ社外監査役、株式会社コンセント取締役など。この秋よりモバイルエンターテイメントの新会社AM3社長(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)