ストーリーは大まかに言うと、孤児院の少女たちがある一貴族の政策によって、
刑務所の囚人に生贄として差し出され性的暴力を受ける、その設定を少女、囚人たち、
少女の恋人(?)、看守、貴族、それぞれの立場から描いている群像劇です。
正直な話、面白いとは言えない作品ですし(そういう内容でもない)、
プロットが優れているとも思えません。ネタばれになってしまいますが、
具体的に言うと、導入話である第一話は置いておいて、
父親が生贄にされた実の娘を救おうとする(第四話)、親友の裏切り(第五話)、
青年が少女を救おうとする(第六話)、真実を求める者が奈落に落ちる(第七話)
どれもありがちなお話です、がこの作品はそういう部分で評価されているわけでは
ありません。レビューしている方々が衝撃を受けたのも、プロットの部分ではなく、
この物語の世界観にだと思います。
貴族に見初められ孤児院を出る少女たちが振り分けられるのは、一方は少女たちの
憧れである華やかな歌劇団の舞台、一方は少女たちが想像もしなかった刑務所での凌辱。
そのどちらも祭り的な性質を帯びていて、天国と地獄の対比のようです(第二話での
少女の「わたしがもっと綺麗だったら、もっと清らかな魂を持っていたら、歌劇団に行けた」
という言葉が、それを暗示しています)
ありがちなプロットをこの悲惨な舞台に乗せて展開させたことが、『ブラッドハーレーの
馬車』の注目に値するところで、言うなればこれはアイディアの勝利です。
全体で言えば、その世界観を最も生かしきった第二話のストーリーがこの漫画の
ハイライトで、その後は段々勢いも衰退していきます(作者があとがきで「最終的には
自分でも何がしたかったのかわからなくなった」と述べている通り)。
要するにテーマがなく、アイディアだけで描き始めたので、どこに落ちをつければ良いか
わからなくなったのですね。最終話では悪は暴かれるが、その悪にも良心があった、
という作中最もありきたりで誰でも描けるところに着地します。
社会派でテーマ性に優れた作品であれば、もっと残酷さを際立たせてラストの妙な救いを
省くか、もっと悪側(ブラッドハーレー氏や男性)の苦悩を強調するかしたでしょう。
自分は女性ですが、この世界観は受け容れられます。ただ、こういう残酷な話をアイディアだけ
で扱って欲しくはなかった。こういう内容を扱うなら、作者の思想を懸けるくらいの覚悟で、
プロットを煮詰めて描いて欲しかった。ラストにはブラッドハーレー氏の所業を暴く契機として
レッドツェッペリンが登場しますが、作者が意図したであろうロック精神など微塵も感じない、
作者の思想も主張もまったく伝わって来ません。
よって、この作品には絶望も救いも本当の意味では存在しない、少女たちの過酷な状況に
対する作者なりの誠意もない。本当の意味で、少女たちの絶望を突き詰めて考えてはいない、
ただのお話、エンターテイメントです。
そして、こういう話をエンターテイメントの薄さで描きながら、群像劇で社会派ものっぽく
まとめるところに、気味の悪さを感じます。しかし、これは所詮趣味の問題なのでしょうか。
マルキ・ド・サドの小説や澁澤 龍彦の作品が好きな人は、読んでみたら良いと思います。
自分としては、こういうエンターテイメントはまったく好きではないので、
全体評価は星2つ、評価したのはアイディアの奇抜さ、絵や構図の上手さ、そして
第二話までは、作者が何かを伝えようとしている、と期待して読めたという点です。