自由に下着が買えるようになって、女性性の部分が開花したのかもしれない。
この世は暴力に満ちている。と言っても、この地球上で起きている戦争や凶悪事件のことではありません。
何気なく暮らしている私たちの日常生活が「らしさ」の強要という見えない暴力にさらされているのではないか、ということです。
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この本に登場するブラをする男性達は、おそらく自己の内面に存在するであろうアニマの一部のようなモノが表層に現れているのかもしれない。
それは決して悪いことではない。男性の中の女性性・女性の中の男性性というものは人間である以上必ず持ちえるものだから。多くの人はその内面を意識せずに生活している。けれど、その内面をうまく隠せない人もいる。不器用だからではなく、「個性」として成形されているからなんだろう。
この本は、その「個性」と「現代社会の常識」の狭間にいながら静かに戦い続ける男性たちのルポタージュである。
私はこの社会に必要なのは「女性専用車両」に見られるような「女性(または男性)の権利」の主張ではなく、「女だから・男だから」という、肉体的・精神的な部分ではない、社会的な偏見を払拭することなのだと思う。
聞けば、ほんの30数年前には、ある女子学生がジーンズを穿いているというそれだけの理由で大学の授業を退席させられたという。もし彼らブラをする男たちに嫌悪感を持つのは、そのことと全く同義だ。嫌悪感を持つものは言う、「社会的にどうであれ、私個人の見解でそんなものは認めない」と。その言い回しすらもきわめて「社会」的なものなのに。
歪んでいるのはブラジャーをする男でもブラジャーをしない女でもない、彼ら彼女たちを認めない社会構造なのかもしれない。
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