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ブッダの実践心理学―アビダンマ講義シリーズ〈第6巻〉縁起の分析
 
 

ブッダの実践心理学―アビダンマ講義シリーズ〈第6巻〉縁起の分析 [単行本]

アルボムッレ・スマナサーラ , 藤本 晃 , Alubomulle Sumanasara
5つ星のうち 4.5  レビューをすべて見る (2件のカスタマーレビュー)
価格: ¥ 3,570 通常配送無料 詳細
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商品の説明

内容(「BOOK」データベースより)

これまでの解釈を超えた「十二支縁起」の理解により、釈尊が説いた「縁起のメカニズム」を現代に再現。日本人が知り得なかった仏教の真髄がここにある。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

アルボムッレ・スマナサーラ
スリランカ上座仏教(テーラワーダ仏教)大長老。1945年スリランカ生まれ。13歳で出家得度。スリランカの国立大学で仏教哲学の教鞭をとったのち、1980年に派遣されて来日。現在は、日本テーラワーダ仏教協会などで初期仏教の伝道、ヴィパッサナー実践の指導に従事

藤本 晃
1962年2月生まれ。1985年3月、学習院大学哲学科卒業。1987年3月、龍谷大学修士課程(仏教学)修了。1993年6月、カナダ・カルガリー大学修士課程(宗教学)修了。2002年7月、広島大学より博士号(文学)授与。山口県下松市・浄土真宗本願寺派誓教寺住職(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

登録情報

  • 単行本: 325ページ
  • 出版社: サンガ (2011/01)
  • ISBN-10: 4904507703
  • ISBN-13: 978-4904507704
  • 発売日: 2011/01
  • 商品の寸法: 21.2 x 15.4 x 2.6 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.5  レビューをすべて見る (2件のカスタマーレビュー)
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30 人中、23人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
スマナサーラ長老はある法話でこうおっしゃった。
【仏教は理論が精密だが、論ずる為に学んではならないとも戒められている。実践抜きの学びは、他人の牛を数えるのと同じです。実践して結果を出す事が、仏教では何よりも大切。】

何のために学ぶのかを明確にして読めば、この本に限らず、スマナサーラ長老の本は宝物になるでしょう。
また、仏教を学ぶと、世の中の人々が急に無知に思えて、傲慢になってしまうケースがあるので注意。仏教を学んでも覚るまでは十分に無知です。

付き合う人を選んでも自分のこころに敵を作らないことが大切ではないでしょうか?

敵を作らないとは、相手にしなくても、相手を叱っても慈しみの念(慈悲の瞑想)を向けることは欠かさないということです。
このレビューは参考になりましたか?
9 人中、1人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
本書は「漏(アーサヴァ)があっても天国には往けます。しかし、修行の世界では厳しく言います。修行の立場から考えると、欲・漏があると、その人が、その生命が、その状態のままで、一歩も成長しない。進めないのです。」(p.19)と述べている。
しかし、この説明は読者に誤解を与えかねない。すなわち、在家者の場合は欲・漏があるので、一歩も成長できない。その在家者が出家修行者になった瞬間に欲・漏が消える訳ではないので、出家修行者になってもやはり一歩も成長できないことになる。論理的にはこうした矛盾に導かれてしまう。
さて、パーリ仏典律蔵『大品』には、在家の若者ヤサがブッダ釈尊の説法を聞いて第一段階の聖者シュダオン(預流、七来)になった。その後、ヤサの父親もブッダ釈尊の説法を聞いてシュダオンになるが、一緒に聞いていたヤサは最終(第四)段階の聖者アラカンになった。ヤサも彼の父親も欲・漏が消えていない状況で釈尊の説法を聞いただけで、それこそ何歩も成長したのである。
アラカンになったヤサは、その後、長老ヤサとして『テーラーガーター(長老偈)』(邦訳名:仏弟子の告白)に「美しく化粧し、立派な衣服を着け、あらゆる装身具で着飾った(栄華の生活を送った)が、(いまや)私は三種の明知を証得し、ブッダの教え(の実行)を成し遂げた」という詩を残している。
このことは、どう考えるべきか?
ブッダ釈尊によれば、凡夫(在家者)が三結煩悩(有身見、疑、戒禁取)を断じればシュダオンになり、その瞬間から六道輪廻に戻ることはなくなり、欲・漏を断じた「質」に応じて、第二段階のシダゴン(一来)、第三段階のアナゴン(不還)を順番に昇級するか、飛び級でアラカンになるかが決まるのである。

ブッダ釈尊の基本的な教法を、釈尊自身の論理に従って整理したのが次に示す結果である。
------------------------------
菩提分:慧1   ⇒  信   ⇒    戒      ⇒  勤   ⇒  念   ⇒   定     ⇒  慧2
道 諦:身1(色) ⇒感情1(受) ⇒  心1(想)     ⇒ 感情2(受) ⇒ 身2(色) ⇒ 心2(行・識) ⇒ 無明
八正道:正見  ⇒ 正思惟  ⇒ 正語・正業・正命 ⇒ 正精進  ⇒  正念  ⇒  正定   ⇒ 正見
-------------------------------
これが、釈尊が伝えたかった欲・漏の「質」を断じる基本的なアプローチである。最後の正見は八正道を実践できた時に現れるアラカンの正見である。
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