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ブッダのことば パーリ仏典入門
 
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ブッダのことば パーリ仏典入門 [単行本]

片山 一良
5つ星のうち 4.8  レビューをすべて見る (4件のカスタマーレビュー)

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商品の説明

内容(「BOOK」データベースより)

最古の経典集“パーリ仏典”が伝えた“法”=経典と“律”=戒律からなるブッダのことばの全体を、この一冊で展望する画期的な解説書。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

片山 一良
1942年、兵庫県赤穂市に生まれる。駒澤大学仏教学部仏教学科卒業、同大学大学院修士課程修了。1970年、大谷大学大学院博士課程単位取得退学。1985年、駒澤大学仏教学部教授。花岳寺住職。現在にいたる。その間、オックスフォード大学客員研究員、東京大学非常勤講師、中山大学(中国)客員教授を務める(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

登録情報

  • 単行本: 420ページ
  • 出版社: 大法輪閣 (2008/06)
  • ISBN-10: 4804612718
  • ISBN-13: 978-4804612713
  • 発売日: 2008/06
  • 商品の寸法: 18.8 x 13.8 x 3.2 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.8  レビューをすべて見る (4件のカスタマーレビュー)
  • Amazon ベストセラー商品ランキング: 本 - 232,462位 (本のベストセラーを見る)
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形式:単行本
著者は、あとがきで次のように述べる。“これ(本書の元となる『大法輪』の連載執筆)をお引き受けするにあたり、私は次のようなことをお許し頂いた。その時もそうであったし、今もそうであるが、私はいわゆる研究というものをしていない。時間は訳経や坐禅に費やされることが多く、いつも仏教は一つであり、原始仏教であれ、上座部仏教、あるいは大乗仏教であれ、それは名のみのもの、教えの根幹はまったく同じである、と学んでいる。従って執筆はそのような把握によるまとめとなり、学術的なものにならない。いわゆる仏法の立場から「ブッダのことば」を紹介したい、ということである。”(p.419)
私も、真言系密教系の奢摩他・毘鉢舎那(サマタ瞑想とヴィパッサナー瞑想の漢訳)修行中に漢訳阿含経を熟読して上座仏教が正しいと考え、スマナサーラ長老に習ったヴィパッサナー瞑想とブッダダーサ比丘の『Mindfulness with Breathing』に書かれたAnapana-sati(安那般那念)瞑想を実践(3年)した。その後に、山口益氏の『大乗としての浄土―空・唯識から念仏へ』を偶然に手にし、その中の「小乗とか大乗というのは、『独覚⇒勧請⇒如来(ブッダ)』と推移した釈尊成道の一ヶ月のある局面を捉えたに過ぎない」という説明で腑に落ち、大乗仏教と上座仏教の差別感が無くなり、片山一良氏と同じ視点を持ち得たところであった。
だから、今の私は片山一郎氏の気持ちがよく分かる。ブッダが、『大般涅槃経』第6章で「私がそなたたちのために説示し制定した法と律が、私亡き後、そなたたちの師なのです」と述べているように、様々な経典に書かれている言葉にブッダの真実が表現されていれば、その法を師と仰げば良いということである。そうした言葉があるからといって、経典を崇める必要はないし、その経典を崇める宗派に所属する必要もないのである。
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11 人中、9人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
形式:単行本
私のような凡夫が仏典、特に上座仏教、原始仏教を読む上で初めに読まなければならない書籍であろう。
もろもろの仏典は非常にたくさんあり、しかも高価であり、研究者でもなければ購入意欲に壁が出来ると予測できるからである。
それほど、本著で数々のパーリ語の仏典を分かりやすく区分けしているところに印象が残った。
さらに、仏典のエッセンスで大乗仏教の各宗派の教えと共通点があるなら、精力的に多方面の宗派から引用してある。
本著は「上座部、大乗を一つの仏教と据える大切な書籍」と見ている。
私は関係者ではないが、もし、大乗仏教系の大学で「原始仏教」を学ぶなら、
真っ先に教科書として購入を勧める書籍の一つとなるであろう、と予測しておく。
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2 人中、2人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
仏教と実践 2012/4/8
By ペルシャ猫 トップ500レビュアー
形式:単行本|Amazonが確認した購入
この本はタイトルどおりのパーリ仏典(いわゆる上座部仏教経典)の入門書ではない。

著者の仏教を生きる者としてのパーリ仏典の読み込み方が書かれている本である。

総じて実践のない宗教というものは存在しない。教理教学を学問として頭で学ぶだけなら哲学と変わらなくなってしまう。
仏教は宗教ではないという意見も存在するが、少なくとも著者のスタンスは明らかに宗教としての仏教を見ている。

「仏教は正しい」という「信」を前提とした実践なくして、著者の視点を理解することはできない。
その前提で、著者はパーリ仏典のみが正しい仏教の教えだとか、上座部仏教が本来の仏教だといった視点を完全に飛び越えてしまっている。
著者は仏が法を語る限り、大乗仏典も含めて全ての仏典は仏法を語っていると見ている。
これは、単に著者がそう考えているという話ではなく、実践の中でそう見えてきたということだろう。

従って、本書に単純なパーリ仏典の紹介のような内容を期待して読むと肩透かしを食う。
著者は本書の中でパーリ仏典のみならず大乗経典も自在に引用して語っていく。

著者にとっては、仏教における経典の区別や宗派の区別などというものは意味をなしていない。
ひたすら仏の法とその実践あるのみである。

その意味で本書は、極めて宗教的な本である。仏教教理の知的遊戯をするための本ではない。
それ込みで読む気がある人には色々と目を開かせてくれるものが本書には詰まっている。

ただし、本書を読むに当たって一つだけ気をつけておかねばならないことがある。
本書の内容は「パーリ仏典入門」であって、「仏教入門」ではないということである。
本書は現実問題として漢訳仏典や大乗仏教の用語にある程度慣れ親しんでいないと、読むのはかなり困難になる。
著者はそれが分かっていることを前提に、仏法を生きるものとして本書を書いている。
上述の条件を満たさない場合は、適当な仏教用語集か何かを参照しながら読まないと、書かれていること自体が分からなくなってしまうだろう。

それでも挑戦しようという意志のある人に本書は開かれている。
(★4つにしたのは内容の問題ではなく、題名の「入門」という言葉を誤解しないようにという意味である)
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