著者は東欧言語学を中心に、日本にはマイナーな存在の言語と地域に関する資料をどのように収集したかを回顧しながら、書かれた書物エッセイである。以前単行本のときに読んでいたものが幾つかあり、懐かしかった。言語学会の国際会議は世界中で開催される関係で、専門領域外の地域にも出かけ、かの地の古本屋や大学図書館で関係する資料を確認するという無駄のない調査旅行を続けていたことが記され、学者のプロ精神を垣間見る思い。
中でも、戦前の東大図書館の洋書目録担当スタッフは戦後一家をなした大家揃いであったことなど、図書館員と古書店主が碩学でもあった懐かしい時代のことが記される。戦後数十年後、東大綜合は幽霊屋敷と呼ばれた時代さえあり、その後職員の知力はただ官僚化され、失墜して行くのだが・・・。
評者が著者と共有できた古書店は、シアトルの1店のみだが、その使いこなしにおいては、完全に適わない。その古書店を図書館並みに使いこなしてしまう、知の猛者こそが碩学足りえるのであろう。
同じくハンガリー研究者小島亮氏の解説はこの書物エッセイを如何に読者が深く読み込めるかを示唆していて、解釈の豊かさを産み出す手法紹介として大変優れた名文で、熱の入った解説で素晴らしい。