なぜだか全面改筆したくなり、出てくる芸能人の名前を変えてみたり、以前の文章に解説を入れてみたりして「最終決定版」を出したとのことだ。
姫野さんの久々のエッセイ文庫化と、期待して中を開いたが。
その改筆やら加筆の部分が、元の面白さをぶち壊しにしている。
おかしいなあ、これをソフトカバーで読んだ時には、ものすごく面白かったのに。
声を出して笑ったはずなのに。
全然笑えない。
驚きのあまり、これはもしかして自分の方に原因があるのでは、とさらに活字を追うが。
やっぱり面白くない。
姫野の魅力は、己と大衆の「ズレ」を知っていながらも、それをものともしないソリッドな語り口であった。かつては。
だから、読者を置き去りにしそうなイキオイで突き進む「ヒメノ理論」に、「えっ?、ええっ?」と翻弄されつつ必死についていくその感じがたまらなくよかったのである。
今回の改筆とは、はっきりいうと「一般ピープルにももう少し分かりやすく」というものでしかなく、それは姫野のメジャー志向としかとれない。
姫野カオルコこそ、そんなものから最も遠いところにすっくと立つ、荒野の女丈夫であったはずなのに。
姫野よ、すり寄ってどうするのだ、すり寄って。どうせ、あなたの理論は5%くらいの人にしか分からないというのに。
「分かりやすくする」ということは、こんなにもつまらなくする、ということなんだなあ、と、中野翠に続いて姫野という第2の家庭教師の変節に出会ってしまった私はとても悲しい。