本書の1行目は以下のような出だしだ。『セサル・ロンブローソが人間の肉をはじめて口にしたのは、生後七ヶ月のころのことだった。』そしてある意味どんなホラーよりもスプラッターな、かぎりなく猟奇的な描写が続く。もしかする
と良心的な人々はここで怖気づくかもしれない。しかしそれは二ページほどで終了し、その後は本書の舞
台となる「ブエノスアイレス食堂」の長い長い歴史の話となる。それは十九世紀の末に始まるアルゼンチ
ンとイタリアの歴史をなぞる旅でもあった。イタリア移民である双子のカリオストロ兄弟がアルゼンチン
の観光地マル・デル・プラタに建てた二階建ての屋敷が以後七十年の長きにわたり数多くの食通の胃袋を
満たすことになるブエノスアイレス食堂のはじまり。そしてそれが冒頭の場面である1979年の出来事
にまでつながるのだが、おもしろいのはこの過程で語られる数々のエピソードが一直線の時系列で統一さ
れていないところだ。それが意図的なものなのか作者のきまぐれなのかわからない書き方なのが本書のミ
ソ。短めの章割りで話が進んでいくわけなのだが、それが微妙な具合に折り重なっており、章は進んでい
くのに時系列は少し後戻りしていくという感じなのだ。そうすることによってかすかな混乱とともに物語
に奥行きが与えられ、重層的な印象を受けることになる。それがいいか悪いかは読む者の判断にまかせら
れると思うのだが、ぼくはこれがとても気に入った。なかなか面白い試みだと感じた。