近年、文科省が上意下達式に教育現場に押し付けてきた「キャリア教育」とは、「フリーターが増加しているのは、企業が正社員を雇用しようとしているのにも関わらず、若者の側がそれを忌避しているためであり、したがって生徒・児童に対しては、望ましい職業観を醸成し、若者のフリーター化を防ぐ必要がある」という、事実誤認も甚だしい「大義」によるものだった。しかし昨今のマスコミの論調は、「企業の非正規雇用化の流れが、フリーター層を増大させ、格差拡大の要因になっている」というものであり、ここまでキャリア教育を強行してきた文科省も、しぶしぶながらそれを認めざるを得ない状況に追いやられている。そしてその帰結が、著者がおこなう「フリーター・ニートになる前に受けたい授業」に対する助成金の廃止であり、幼稚園への放逐であるのだが、そのことを何ら自覚していないのか、相変わらず著者は「フリーターと正社員の生涯賃金」の話や、「年金や退職金」などの話を引き合いに出して、「フリーターがいかに損であるか?」という強弁を繰り返している。そして実際に、その授業を受けた生徒の83.9%は「フリーターにはなりたくない」と回答しているのだ。しかし現状、新規学卒者に対する求人の大半は、派遣や契約、またはアルバイトなどの「非正規雇用」であり、もしこの状況が今後も継続していったとすると、「フリーターにはなりたくない」と回答した子供の半数近くは「フリーターにならざるを得ない」という現実が待っている。そうした問題を、いったい著者はどう考えているのか?ということである。著者の論理では、「非正規雇用化を勧める企業の側には何ら落ち度は無く、フリーターになるのは偏に本人の努力が足りないからで、努力をすれば誰でも正社員になれる」と言っているのと変わらない、しかし実際には多くのフリーターが「正社員になりたい」のにも関わらず、雇用の受け皿が無いために「フリーターにならざるを得ない」のであって、そうした人たちに対する差別意識を植え付けるだけの教育に、いったい何の意味があるのか?ということを、未だ著者を講演に招こうとしている、学校の校長先生方に問いかけたい。