第一次世界大戦後の荒廃したヨーロッパで巻き起こる芸術の幻想的表現方法。こうしたドイツ表現主義の流れを忠実に映画に反映させるフリッツ・ラング監督。ゆがんだ心理、必要以上に不安をあおる社会描写など一筋縄ではいかないような表現法をひっさげ、アメリカ映画にも多大な影響を与えた人物です。
ドイツ時代のトーキー初期における作品がこの『M』。そしてこれは表現主義の主張が随所に盛り込まれ、それがフィルムの核として完全に機能してしまっています。エキセントリックなプレゼンテーション、忍び寄る恐怖、すべるようにスムーズなカメラワーク、意図的であるかどうかはわかりませんが、あるときは音を入れ、あるときは沈黙のまま物語を進めてしまう大胆な編集。そして本フィルムの最重要人物に扮した怪優ピーター・ローレの訳のわからないほどの不気味さ、脆さ。
こうしたまことに印象深い各要素をラング監督はシンプルなストーリーラインにはめ込んでいきますが、これらの配置のしかたが要領を得ているおかげで全体的に決して過剰になっていないところが見事。しばしばラングは、こうした贅沢な要素を盛り込みすぎて失敗してしまうきらいがあるのですが、本編はそのやりすぎがむしろ功を奏しています。
物語の背景に蔓延する恐怖。その恐怖は決して発表からおよそ70年あまりを経た作品から発せられているものとは思えないほど新しく今でもじわじわと心に襲いかかるのです。何が社会秩序なのか、なにが混沌なのか。誰が悪いのか、皆おかしいのか。そんな問いに身震いせざるを得ない、これは近代社会のひずみから零れ落ちたフィルムの至宝。