著者のFrancfrancを通しての成功体験とその過程、そして未来へのビジョンが書かれています。
タイトルは「フランフランを経営しながら考えたこと」とありその横に小さく、Francfrancからデザインビジネスの可能性を拡げるバルスの戦略 とのサブタイトル。
私はてっきりフランフランのデザイン的な思想が読みとれるのかと思って読みましたが、デザインをうたい文句にいかにビジネスを成功させるか的な視点にしか見えなかった。
デザインを経営やビジネスに取り入れる事は、Appleの成功を見れば分かる様に現代ビジネスに置いて無視してはならないファクターだし、それを実行し結実している企業は多くない。
車でも日本車は壊れにくいが、デザイン的にも全く文句が無いという車は多くはないことが物語っている。
著者は、だからこそ、そのデザインをもっと企業は積極的に経営戦略に取り入れ商品やビジネスを展開しなくてはならないと言っている。その通りだ。
だが、著者はデザインをいささか儲けの道具的にしか考えていないのを感じてしまった。
それが文章に出ていて、美術大学芸術大学で身に付くのは”お絵描き”のスキルにしかすぎない。と切り捨てている。確かに、書かれいてる様「デザインビジネス」を学ぶ場では無いが、著者が切り捨てるお絵描きのスキルの下にある物を学んでいなければ本当の意味でデザインで社会を引っ張っては行けない。
その点が本当にデザインを学び実践し、経営としてそれを溶かし込み伝統技術の再生や地域復興を成功させている人達との価値の差、社会的貢献の差でしょう。
デザインは単に「見た目の善し悪し形」だけでなく、デザイナーが考える思想や設計そして機能美といった所に本当に価値がある。著者はそこまで掘り下げてデザインを見てはなく、いかに成功体験を収めるか上辺のデザインで消費を先導するかを書いている。著者はデザインで社会を引っぱり、日本の美意識を先導したいと言っているが全体を見れば十分日本人は美意識に優れている。