渡辺一夫は東京大学で講義をする前にはほとんど徹夜で講義ノートを作っていました。常に新たな文献を渉猟し、講義ノートを更新していたのです。ところが、教室には学生がほとんどいませんでした。講義を選択する者は少なくはなかったのですが、学生は渡辺一夫の訓古学のような講義を聴講する意欲が無かったのです。ニ、三人しか学生のいない教室で渡辺一夫は静かに講義を続けました。学生のなかには渡辺の講義を聞きたくて他の大学から教室にもぐりこんでいたニセ東大生もいました。ある日、渡辺は「ぼくの講義はもっとたくさんの学生が取っているはずなんですが、面白くないですか」と学生に問いかけました。ニセ東大生はどぎまぎして、「いえ、そんなことはないです」と答えました。渡辺はその後、静かに講義を続けたそうです。
その渡辺一夫が狂気の吹き荒れたフランス・ルネサンス時代、激動の時代を生きた人々を語った列伝形式の本書は私の高校時代からの愛読書でした。日本を戦争に駆り立てた時代の狂気を渡辺は静かに告発しています。人間は狂気にとりつかれることがある。特にキリスト教を堕落させた教会を告発したカルヴァンが粛清者となる悲劇は人間性に対する認識を深めます。国民必読の本のひとつです。品切れなんて、とんでもない。2010年7月復刊されました。未読の方はこの機会に是非。