科学の本質とはなにか?
おそらくグールドの執筆の根本的なテーマはここにあるのではないか。
専門とする古生物学、とくに進化に関する素材を扱いながら、生物学にとどまらず、科学とは、科学的な思考とは何かを追求し続けるのがグールドの姿勢であるように感じる。
本書でも進化と発達について様々な生物や事例が語られている。最も思考の枠組みを揺さぶるのは生物(地球という天体そのものも含むが)の歴史は一定の方向性を持つわけでない、変異の集積であるということだろう。人間も進化の頂点に立っているわけでなく、一つの進化の枝葉に過ぎず、もう一度地球の歴史を繰り返したとしても再び意識を持つ存在として進化する可能性はきわめて低いということである。事物に意味を求めがちな人間の思考としてはつらいものがある。
さらに大きな意味を持つものはグールドが科学的思考の武器として持ちいる分類と統計である。特徴ある一点に注目して全体を作り上げるのではなく、傾向から把握していく姿勢は生物学だけに有効な思考ではない。そんなグールドの思考の冴えはメジャーリーグにおける4割打者の消滅についての論考「両極端の消滅」に最も顕著な形で表されている。生物学とは全く関連のない野球の分析にも使える思考ツールである。人間社会の現象を進化論的に取り扱うことには優生学などの悲惨な歴史があるが、グールドは分析にのみとどめ判断や予測を介在させない慎重な姿勢で社会進化論の甘い罠に陥りそうな危険を感じさせない。そういった面でも科学読本として手に取る価値を十分に感じさせる。