内容紹介
運命はいつか必ずやってくる。
なにかを始めて、これで成功しようなんて思っているときは、ぜんぜん成功しない。
どうしてダメなんだって、ジタバタしながら思う。
それは自分の才能とは関係がない。
天に運命を支配されているのだと思う。
運命は誰にも公平。
必ずそうなるように決まっている。
人間の間で決められることではなく、天から運命を与えられている。
一匹の雀の命でさえ、神様に左右されているのだから。
運命は、自分の力ではどうすることもできない。
一生懸命こちらがやっても、扉は開かない。
だけど自分だけの力では開かない扉が、
ほかからのなんらかの力で「いま!」っていうときが、必ず来る。
そのいまのために、私たちは準備しておかないといけない。
チャンスを逃さないように。
そのときになって、ああ準備していればよかったなあ、って後悔するかもしれないわ。
それは突然、部屋に強盗が入ってくるのと同じ。
運命もいつやってくるかわからない。
(本書 まえがきより)
奇跡のピアニスト」の言葉が響く。
読むと勇気が湧く珠玉のエッセイ。
大好評「フジ子・へミング 我が心のパリ」に続くシリーズ第一弾!
なにかを始めて、これで成功しようなんて思っているときは、ぜんぜん成功しない。
どうしてダメなんだって、ジタバタしながら思う。
それは自分の才能とは関係がない。
天に運命を支配されているのだと思う。
運命は誰にも公平。
必ずそうなるように決まっている。
人間の間で決められることではなく、天から運命を与えられている。
一匹の雀の命でさえ、神様に左右されているのだから。
運命は、自分の力ではどうすることもできない。
一生懸命こちらがやっても、扉は開かない。
だけど自分だけの力では開かない扉が、
ほかからのなんらかの力で「いま!」っていうときが、必ず来る。
そのいまのために、私たちは準備しておかないといけない。
チャンスを逃さないように。
そのときになって、ああ準備していればよかったなあ、って後悔するかもしれないわ。
それは突然、部屋に強盗が入ってくるのと同じ。
運命もいつやってくるかわからない。
(本書 まえがきより)
奇跡のピアニスト」の言葉が響く。
読むと勇気が湧く珠玉のエッセイ。
大好評「フジ子・へミング 我が心のパリ」に続くシリーズ第一弾!
内容(「BOOK」データベースより)
待望のビジュアルエッセイ!奇蹟のピアニストが生きる勇気をくれる。辛いことがあっても、私は負けなかった。正直にやっていれば必ず大丈夫だって思っていた。
内容(「MARC」データベースより)
辛いことがあっても、私は負けなかった。正直にやっていれば必ず大丈夫だと思っていた…。奇跡のピアニストが語る、人生、家族、恋愛、お気に入りの世界について。生きる勇気をくれる、待望のビジュアルエッセイ。
著者について
10歳から、父の友人であり、ドイツで母のピアノを師事したロシア生まれドイツ系ピアニスト、レオニード・クロイツァーに師事。以後、芸大在学時を含め、長年の間、クロイツアーの薫陶を受ける。小学校3年生の時にラジオに生出演し、天才少女と騒がれる。青山学院高等部在学中、17歳で、デビューコンサートを果たす。東京芸術大学在学中の1953年には新人音楽家の登竜門である、第22回NHK毎日コンクールに入賞をはたしさらに文化放送音楽賞など、多数の賞を受賞した。東京芸術大学卒業後、本格的な音楽活動に入り、日本フィルなど多数のオーケストラと共演。その後、留学の機会を伺いつつピアニストとして音楽活動を行っていたが、30歳の時に赤十字に認定された難民として国立ベルリン音楽大学へ留学を果たした。優秀な成績で卒業後、ヨーロッパに残り各地で音楽活動を行う。その間、ウィーンでは後見人でもあったパウル・バドゥラ=スコダに師事。作曲家・指揮者のブルーノ・マデルナに才能を認められ、彼のソリストとして契約した。既に16歳の頃、中耳炎の悪化により右耳の聴力を失っていたが、この時、左耳の聴力も失ってしまい、耳の病のためフジ子は演奏家としてのキャリアを一時中断しなければならなくなった。失意の中、ストックホルムに移住。耳の治療の傍ら、音楽学校の教師の資格を得、以後は、ピアノ教師をしながら、欧州各地でコンサート活動を続ける。1995年に日本に帰国し、母校東京芸大の旧奏楽堂などでコンサート活動を行う。1999年2月11日にNHKのドキュメント番組、ETV特集『フジコ~あるピアニストの軌跡~』が放映されフジ子ブームが起こった。その後、発売されたデビューCD「奇蹟のカンパネラ」は、発売後三ヶ月で30万枚のセールスを記録し、日本のクラシック界では異例の大ヒットとなった。第14回日本ゴールドディスク大賞の「クラシック・アルバム・オブ・ザ・イヤー」他各賞を受賞した。1999年10月15日の東京オペラシティ大ホールでの復活リサイタルを皮切りに本格的な音楽活動を再開し、国内外で活躍することとなる。2001年6月7日にはカーネギーホールでのリサイタルを披露。現在、ソロ活動に加え海外の有名オーケストラ、室内楽奏者との共演と活躍は続く。また彼女の得意曲でもあるリストの「ラ・カンパネラ」で辻井伸行氏がヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンペティションを優勝しことは記憶に新しい。