本書は、著者が主として『現代思想』(その他、『図書新聞』、『東京新聞』、『環』寄稿されたものが一部ずつ)に発表してきた論考に、新たな書下ろしを添えて一冊に纏めたもののようです。時期的には2001〜2008年に発表されたものも若干混じってはいますが、書き下ろしのものも含め、今年或いは昨年記されたものが半分以上を占めている上、著者の透徹した視線のようなものが感じられこともあり、東日本大震災後の今日、改めて日本という国のあり方について考え直してみよう、というのが本書の趣旨ではないかと思われます。
というわけで、タイトルは『フクシマ以後』ですが、サブタイトル『エネルギー・通貨・主権』が示唆するように、本書では震災が主要テーマとして取り上げられているわけではなく、第1章 原発 もページ数にして22と、著者は反原発派を自称しておられますが、多くはありません。寧ろ、それに続く、第2章 歴史、第3章 世界経済、第4章 国家、が本書の眼目ということになるのではないでしょうか。
特に、銀行という非生産的寄生的な金融業者の福利のために、生産に従事する人々から富を収奪する、アングロサクソン型政治経済モデル=租税国家の死、という著者が夙に提示されていた論点、さらにはそれとベーシックインカムとを絡めた議論は、出口の見えない世界経済恐慌の渦中にあって、大いに共鳴を覚えました。また、現行憲法上空白のままになっている、主権の問題に対する唯一最善の解決法として、日米安保条約の解消〜武装中立という選択の提案、にも説得力があると感じられました。
天皇制の議論も興味深く拝読させていただきました。
2004年5月(?)の徳仁皇太子の記者会見での発言を「人格宣言」と捉え、それによって象徴天皇制は終わったと述べる一方、東日本大震災後の国民へのメッセージや東北の被災地への慰問も含め、今上天皇の即位後の歩みを、本来無内容だったその制度の血肉化のための模索と努力と捉えている様子は、この間の時間の経過とともに著者の視線の温かさに触れたような気もしました。
最終の第5章は、個人的には今ひとつ頂けない内容にも感じられましたが、この部分はページ数にして僅かですし、省いて読んでもほとんど影響はないと思われることもあり、4章までの評価をそのまま本書全体の評価とし、★5つとしたいと思います。