沢木耕太郎の翻訳によるキャパの伝記は読んでいた。また、かの有名な「崩れ落ちる兵士」はもちろんのこと、断片的ではあるが、あるていどの数の写真は見ていた。しかし、恥ずかしながら、この写真集の存在をつい最近まで知らなかった。88年発行だからもう16年になる。キャパの伝記が文庫本になったのでつい最近買った。それでこの写真集の存在を知った。やはり、凄いの一語につきる。かれは40歳を過ぎて間もなく、ベトナムの戦場で地雷を踏んで死んでしまったが、彼の写真は不滅だろう。キャパ自身は、戦争写真家というより、人間を撮る写真家と言っていたそうだが、彼の写真の魅力はカメラマンとしての人間の捉え方だろう。そして、「決定的瞬間」を狙う。この写真集は彼が出した4冊の写真集を再編集したもののようだ。スペイン内戦時代の写真の凄さ、前出の写真以外にも「死者たち」も静謐な悲しさが強烈に伝わってくる。どうしたら、あんなに素晴らしい写真が撮れるのだろう。キャパはアマチアに対するアドバイスとして、「人を好きになること、そして、それを相手に知らせること」と言っている。いい言葉だなあ。気持ちだけでもそう心がけて写真をとろう。なんといっても人間の写真は面白い。しかし、それにつけても、いまのイラクに思いを馳せると、ジャーナリストとはなにかを考えさせられてしまう。亡くなった橋田さん、小川さんのようなジャーナリストはいまの日本のマスコミにはいないのだろうか。ボスニア・フェルチェゴビナだけでも50人を越すジャーナリストが亡くなっている。このなかにはもちろん日本人はいない。キャパはこうも言っている。「戦争写真家はギャンブラーだ。その手に自分の命という掛け金を握っている。どんな馬にも賭けることができるし、最後の最後になって、それをポケットに戻すこともできる」と。