ほぼ同じタイトルの、五十嵐貴久の『Fake』の直後に読んだので、つい比べてしまうのだけれど、読後感の爽やかさという点で、本作の方がずっと上だろう。あくまで私の個人的な好みだけどね。
この小説が面白いのは、やはり一つずつの場面の、細部に確かなリアリティがあるからだろう。フィクションは、やはり細部の魅力の積み重ねで初めて全体が輝くのだと思う。
夜の銀座を舞台に、登場人物たちの欲望とだまし合いが渦を巻き、周到な伏線の末に、クライマックスへなだれ込む展開は快感。善人が出てこない(主人公が凡人だけど一番まとも?)作品なのに、不快な感じは全くない。
内容的には、厳密に言うとコンゲーム小説とはちょっと違うようにも思う。クライマックスの大仕掛けの所では、必ずしも敵を「だます」わけじゃないしね。この作品の快感は、物語の中の材料できちんと世界が構築され、なるほどと納得できる決着になっていることにあるのだろう。ラストがやや小さくまとまりすぎた印象はあるけどね。
夜の銀座の内幕を描いた部分も、確かにリアルで非常に面白いが、この小説に描かれているのは、水商売の一端のそのまた一端くらいに過ぎないと思う。だから、その意味の「情報小説」として称賛するようなほめ方は、ちょっと筋違いかな、という気がする。
単純に、娯楽作としてすごく面白い。それがこの小説に一番ふさわしいほめ言葉だろう。