内容紹介
音の一粒一粒が瑞々しさに溢れている。 2004年に録音された1st.アルバム“Posie”に次ぐ、大前知誇2枚目のCDアルバムである。 このアルバムは、J.S.バッハの無伴奏チェロ組曲 第1番から始まる。 もう数年前になるが、大前知誇さんの演奏するバッハの無伴奏チェロ組曲を聴いたとき、とても強い印象を受けた記憶が鮮明に残っている。 大前さんの演奏は、今日流行の早弾きでテクニックを誇示する無機質な演奏と異なり、ゆったりとして無駄な贅肉がなく、丁寧に語りかけてくるようで、思わず惹き込まれたものであった。 今回、解説を引き受けるに当たり、改めてこのCDで聴きなおしてみたが、当時受けた印象は変わるどころか、一層深まった感が強い。 バッハの無伴奏曲は、従来の通奏低音音楽という既成概念に全く捉われない画期的な作品である。 即ち、密度の高い対位法と精巧な和声を用いれば、低音パートの伴奏がなくても、それらを明快な旋律に融合させることが可能であるという、バッハ芸術の真髄を現した古今の最高傑作である。 それだけに、音楽的にも技巧的にも、その要求 するところは大きい。 大前さんのバッハが素晴らしいことは、それらの要素をしっかり見通していることもあるが、何より最大の特徴は、大前さんとバッハとのテンペラメントが近いということだろう。 テンペラメントという言葉は、文字通り音律のことであるが、音楽家はそれぞれ固有のテンペラメントを持っている。 大前さんのバッハを聴くと、本質的にバッハと波長があっていると思わざるを得ない。 以前、古い音源の復刻を行ったことがあるが、その際、J.ヨアヒムによるバッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタを聴いて、全身が粟立つような感動を覚えたことがある。 大前さんの演奏にも、同様の感慨を覚えた。 ピアノのように固定された調律の楽器と異なり、ヴァイオリンやチェロのようにフレットのない楽器の演奏は、奏者の体内に潜むテンペラメントに従い、自分の耳で確認しながら演奏するしかない。 天性のバッハ解釈の第一人者として伝説的存在となっているJ.ヨアヒム。彼の演奏において、ピッチが正確でないという評は、今日の調律された12等分平均律に耳が慣らされているに他ならないのである。彼のテンペラメントは、バッハに限りなく近いとしか理解の仕様がない。 演奏家を指すとき、天性のショパン弾きとか、生来のパガニーニ弾きなどという形容詞があるが、それは演奏家と作曲家との波長が、図らずしも同調しているからであろう。 そのような意味で、大前さんも天性のバッハ弾きといえるのである。(山角浩之:ライナーノートより)
アーティストについて
桐朋女子高等学校音楽科を経て、桐朋学園大学音楽学部を卒業後、ジュリアード音楽院のH・シャピロ氏の下で研鑽を積む。ドイツ・デトモルト国立音楽大学修士課程を修了後、フランス・ブーロニュ国立音楽院、パリ国立音楽院にてM・シュトラウス氏に師事。2001年ブローニュ国立音楽院にて第3課程および室内楽科を修了。2003年クールヌーブ国立音楽院室内学科を首席卒業。 第18回広島新人演奏会にて、最優秀賞を受賞、広島交響楽団と共演し、賞賛を博す。ノルマンディー・アンデ国際音楽祭にてソリストとしてアンデ祝祭オーケストラと共演など、パブロ・カザルス国際音楽祭、クロンベルク国際音楽祭など数多くの音楽祭に出演している。 2002年イタリアのルイージ・ラッコニージ国際コンクールにて第二位入賞、あわせてアスティ賞を受賞。2004年デビューCD「Posie」をリリース。チョン・ミュンフン指揮・日韓合同オーケストラに首席奏者としての参加、パリ日本文化会館におけるリサイタルにて好評を博すなど、現在、国内及びイタリア・フランス・ドイツ等、ヨーロッパ各地でオーケストラ・室内楽・リサイタルなど数多くのコンサートに出演し、その活躍の場を広げている。これまでに、チェロを倉田澄子、堤剛、上村昇、H・シャピロ、M・シュトラウスの各氏に師事。 また、音楽の研鑚を積む傍ら、パリの名門ホテル、ホテル・リッツ内にあるエコール・リッツ・エスコフィエにてフランス料理・製菓・パンすべてのマスター・ディプロマコースを終え、グランド・スーペリオール・ディプロマを取得後、リッツのメイン・キッチン等で料理・製菓・パンすべての部門における研修を修了する。 2007年より「音と食のコンサート」を企画し、音楽と食の世界を表現する独自のコンサートを展開するかたわら、月刊「百味」にて“クラシック音楽とお料理”のエッセイを執筆中。(ライナーノートより)