おや、どなたもレビューを入れてない、それはこの稀代の名作に失礼、で僭越ながら私が・・。
60年代頭から若いのにオールドソングを思い入れたっぷりに熱唱する女の子がNYで評判となり、血のにじむような努力を重ねブロードウェーの役をゲット。全然美人じゃないのに押し出しも良く、恐れるもの知らずの伸びやかさ。こんなFUNNYな女の子にコロムビアが目を留めレコードデビュー。独得の転調で古い曲を蘇らせビートルズ全盛の時代にスタンダードで大ヒット。First、Second、Thirdとアルバムが続く人気を獲得。
ついにブロードウェーの主役のチャンスがめぐって来た。1964年日本では東京オリンピックの年に開幕したミュージカル「ファニー・ガール」である。製作者レイ・スタークの妻の母親である実在の大スター、ファニー・ブライスの伝記である。スターに憧れる不細工ユダヤの女の子で、殆ど彼女の地でゆくお話で、伸びやかな演技も歌も評判で当然のヒット。ハリウッドがこの人気を放っておくはずもなく、同じ製作者によりコロンビアにて1968年の70mm大作として映画化されたのが本作。
スタジオの意気込みも高らかに、監督はあの大御所ウィリアム・ワイラーです。この超巨匠相手に映画シロウトの若きバーブラは恐れることなく真正面から相対し、3桁に及ぶ上演の蓄積を武器に主張を曲げることはなかったとか。そのまっすぐな様は「Don't Rain On My Parade」のシーンのまんま。後年この曲は彼女のテーマ曲同然の扱いとなるくらい。相手役はステージでのシドニー・チャップリンに替えて当時人気絶頂の「アラビアのロレンス」「ドクトル・ジバコ」のオマー・シャリフ、いかに全力かがよく分かる。幼くして大学教授だった父を亡くしたバーブラはファザコン気味のところがあり、このエキゾチックな男の中の男に当然心震わせ、役と全く同様に恋い焦がれることとなる。ちなみにユダヤとアラブのキスなんてと騒がれたものです。
スタジオでの大掛かりなセットによるジークフェルドの華麗なステージの再現に目を奪われ、NYでのハドソン川での一大ロケーションも効果的。バーブラのコケティシュな魅力と劣等感によるバネが振り子のように映画を推進し、コメディタッチのノリの良さ全開で大いに笑わせる。見事な佳曲揃いだが、最初の成功を掴んだ夜に切々と歌う「People」が白眉。前述の「Don't Rain On My Parade」の圧倒的な空撮は15年後のバーブラ渾身の「イエントル」でのラストシーンに繋がる名場面。なんとオマーまで可愛く歌声披露なのはボーナスみたいなもの。ラストの「My Man」は、尚愛しているのに離別を選択する女心を感動的に歌い上げる絶品。この男と女のあり様は1973年の名作「追憶」と全く同じパターン。ちなみにこの曲は「私は彼のもの・・」と言う内容で従属的な女の感覚で、後年のバーブラのコンサートでは「私の主義とは大きく異なるけれど、ステキな曲だから歌います・・」てなコメント付けるくらいに自立したバーブラです。
アカデミー賞を奇跡的な同点にて獲得も当然の、上昇志向のはっきりした偉大なるスターの誕生です。「Hello Gorgeousness」はその授賞式にてオスカー像をに向かって言った有名なセリフ。まさに彼女の人生そのものである。