原著の表題は“La sociologie de la mode”。
「本書の狙いは、直接的・間接的に社会学と関係する視点から、流行、とくに衣服の
流行という現象を扱った論説の全体像を捉えることにある。その柱は次の三つである。
――19世紀における誕生、20世紀における発展から最近の傾向に至るまで、
ファッションを対象としたさまざまな論説を紹介すること。
――こうした論説の成果を検討し、評価すること。
――ファッションの社会学がなぜなかなか発展しなかったのかを理解し、こんにち
取られようとしている新たな方向性を見極めること」。
「論説を紹介すること」、というか参考文献リストとしてはあるいは優秀なのかもしれない。
ただし、個別の扱いが簡潔に過ぎるがために、それ以上の機能を期待するとなると
あからさまに苦しいこととなる。
「ファッションとは分類作用であり、意味論的な体制というよりもむしろ、はるかに
記号学的な体制だと思われる」。
例えば、ただでさえ抽象的極まる
ロラン・バルトによるこんな表現を抜き出されて、
はい、なるほどね、と思えるハイ・コンテクストな読者が果たしてどれくらいいるだろう。
逆にこれだけで分かってしまうような方にしてみれば、わざわざ本書に頼るべき何らかの
インセンティヴが期待できるとも思えない。
「1965年から70年までに生れたファッション・イメージは……実に80パーセントが
英雄的な構造に属し、残り20パーセントが半々の割合で神秘的な構造と統合的な構造に
分かれていた」。
後に多少の説明が続くことにはなるわけだが、「英雄的」、「神秘的」、「統合的」が
例えばどのような衣服において典型的に示されているか、の写真の一枚もなければ、
分析手法も明らかにされることもない。
各時代とテーマごとの言説の紹介を優先する結果、章ごとで限りなく議論は分断されて
しまい、説得的な考察が章を横断して有効に絡み合うこともない。
原著が手許にない状況で語るべきことではないのだろうが、翻訳もどうかと思う。
例えば、「パンタロンpantalon」は広義においてはパンツやスラックスを指さないことも
ないが、一般にはベルボトム型を想起させてしまう。上記の「英雄的」はheroiqueで、
「神秘的」はmysterieuxなのだろうが、それを愚直に日本語に押し込んだ結果、
いささか意味の通りづらい文章になってしまっている。
このテーマを知りたければ、とりあえずこれを読めば、という参考文献リストとしては
有効なのだろう、ただし、本書自体が言説として何らかの価値を持ち得ているようには、
少なくとも私には思えない。