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だが、それ以外に関しては首を傾げたくなる部分が多い。
序盤は、地方都市と犯罪の関係を述べているのだが、かなり恣意的なデータ(及び分析)が用いられている印象。例えば、佐賀のバスジャック事件の犯人について「受験の失敗」は「どうでも良い」と切り捨て、佐賀の「閉塞的な状況」と高速道の整備による「東京への心理的な距離の近さ」が原因では?というような分析はいかがなものだろう。
そもそも、「地方」「地方」とは言うが、「地方」の定義が良くわからない。先ほどの佐賀、さらには長崎、宇都宮、前橋、小千谷、和歌山、佐世保、高崎・・・などなど、様々な土地が出されているが、県庁所在地の長崎や宇都宮、和歌山、前橋と青森県柏村を全く同列に語れるものだろうか?
また、4~6章で地方の情況を説明しているわけであるが、結果、6章後半~7章で行われるのは都市(大都会)の礼賛となってしまっている。著者が批判している「列島改造論」などの裏にあるのは、地方の都会へ対する引け目であり、結局のところは同じ事をしているわけなのだが。
ところで、書内で「ジャスコは町作りに興味が無い」「ジャスコのある場所に犯罪がある」のように、イオングループ批判が随所で見られる。と思って、著者の略歴を見ると、元パルコ情報誌編集長とあった。そう言えば書内に「パルコはそのようなところに出店しない。そこで、イオンがやってきた。」といった内容のくだりがあった。なるほど納得。
で、バブル破壊後10年以上経って、どうにもならないほど荒涼とした日本の風土を「発見」して嘆いたのが本書。たしかに僕の~~故郷も含めて、なんだか田舎が荒れてる感じがするのはみんなの共通理解だと思う。ロードサイドの大規模スーパーとユニクロ、洋服の青山、マクド、なんとか国際大学。この気持ち悪さをはっきりと記したのは偉いと思う。
しかし本書には、どうにも拭いがたい悪感触がつきまとう。例えるなら、プレゼンはすごく上手いけど言葉に実のない広告代理店営業みたい~~な。
地方をファスト風土化したのはバブルの延長上にしかない消費経済である。わかったよ、で、その元凶は何なの? バブルのとき文化を商品戦略に用いたのはパルコとかセゾンだったよね、その責任は? 大所高所から結果だけを語る気なの?
私は、同じ地方出身者でバブルの洗礼を浴びたというだけで、著者に親近感を覚える。そして、バブル後の苦境に苦し~~む若い人を見ると、後ろめたい。バブルを演出した代理店文化、マーケティング至上主義は大嫌いだけど、今の代理店の現場の若い人はバブルなんて知らない苦労人ばかりだ。それだけに、同じバブル経験世代として、著者に望みたい。
問題提起はわかりました。で、あなたはどうやってけじめをつけるのですか、と。ぼくたちバブル世代は、後進の美味しいとこも食~~い荒らしてしまった責任があるんじゃないですか。今度はそれを読ませてください。期待を込めて★5つ。~
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