洋裁で生計を立てている叔母、それを手伝う祖母と叔母の妹にあたる母、突如失踪する父にまつわる遠い思い出と、自分のもとを去った女の生々しい記憶とが錯綜する形で、作家である「私」の語りが展開していきます。
そこで語られる、叔母の洋裁の仕事の細部や彼女たちが話すさまざまなお話の断片がとても魅力的です。「何もないのに細部の魅力に圧倒される」(山根貞男)という小説です。
ものすごく緻密な描写が逆に現在におけるその不在をまざまざと感じさせ、「切ない小説だなあ」と思っていたら、そうしたことが語り手である「私」の感慨として後のほうで書かれており、そうした安易な感想を厳しく取り締まる用意周到さに驚きました。
『柔らかい土をふんで、』がお嫌いでなければ、是非。最初はとっつきにくい印象かもしれませんが、読み進めていけば徐々にいくつか話の系が見えてきて、物語のかたちが現れます。