ピエタと言ってもイエスの遺骸を抱くマリアの像の話ではない.このピエタはヴェネツィア共和国にあった公式の女の赤ちゃんの捨子養育院兼音楽院で,固有の礼拝堂を持ち,ヴィヴァルディはそこの司祭であり,音楽教師であった.物語はかつての捨子 (これをピエタの娘と呼んだ) エミーリア (今では住込みの書記) を語り手とし,ヴァイオリンの名手になった双子のように親しい友アンナ マリーア (実在の人物) を音楽のリーダーとして,ヴィヴァルディがウィーンで63歳で客死 (1741) した報せがピエタに届いた所から始まる.文体はエミーリアの置かれた状況を的確に反映して変化し,平板な時代小説にはならない.そうして心理描写は適切の余り,読み手の心の用意のためいささか読みの中断を迫られるほどである.この特性のため,読み手は自然と18世紀ヴェネツィアに入り込んだ気持になる.もっと言えばこれが実はイタリア語で書かれた回想記のよく出来た翻訳であるような不思議な気分になる.これは綿密な研究による過去の復元作業の成果にほかならず,この達成は中島京子さんの '小さいお家 ' の達成をも上回る物凄い水準にある,と思われる.メインプロットの昔の楽譜探しは,音楽の恵みを味わわせつつ多数の人物たちに 思いもかけない救いをもたらしてめでたく終る.後味の極めてよい,極上のミステリと言えよう.強く推薦.